話って何だろう。
 気になったけど、私も聞くってわけにはいかなくて、一足先に、たっくんや日向ちゃんのクラスに向かう。

 いつもなら、待ってる間二人一緒に遊んでいて、私や吉野くんが来るとすぐに駆け寄ってくるんだけど、今日やってきたのはたっくん一人だった。

「日向ちゃんは一緒じゃないの?」
「……あっち」

 たっくんが指さしたのは、部屋のすみっこ。
 日向ちゃんはそこで、背中を向けてうずくまっていた。

「日向ちゃん?」

 名前を呼んでも返事はない。
 もう一度呼んだけど、結果は同じだった。

「ねえ、たっくん。日向ちゃん、どうしたの?」
「あのね、けんくんとケンカしたの」

 ケンカ?
 その言葉に眉をひそめると、何人かが部屋の中に入ってくる。
 吉野くんに、久瀬先生。それに男の子と、そのお母さんっぽい人。
 全員が、落ち込んでいたりムスッとしていたりと、良くない表情を浮かべている。

「吉野くん、何があったの? 日向ちゃん、ケンカしたって聞いたけど……」

 聞いてみると、吉野くんは浮かない顔で、一緒に入ってきた男の子を見る。
 よく見るとその子のほっぺたは、うっすら腫れ上がっていた。この子が、日向ちゃんとケンカした、けんくんなのかな。

「日向が、この子を叩いたんだよ」
「日向ちゃんが?」

 驚いて日向ちゃんを見ると、吉野くんの声が聞こえたからか、ようやくこっちを振り向いてくれた。
 その顔には涙の跡があって、ほっぺたも、男の子と同じように腫れ上がっていた。

「手を挙げたのは二人ともだし、どっちが悪いってわけじゃ……」

 久瀬先生はそう言うけど、言い終わる前に、けんくんお母さんが声をあげた。

「先に手を出したのはその子でしょ!」

 日向ちゃんがビクッと震えるけど、その人の剣幕は収まらない。睨みつけるように、吉野くんを見る。

「あなた、この子のお兄さんよね。親はどうしたの?」
「父は仕事で忙しいので、普段は俺が迎えにきています」
「そういえば、そんな子がいるって聞いたことあったわね。じゃあ、普段この子の面倒はあなたが見てるの?」
「そういうことが多いです」

 そう言うと、その人は大きく顔をしかめる。

「親がろくに面倒見れないなんて、まともにならないのも当然ね」

 えっ?
 その言葉を聞いて、酷く胸が痛む。
 いくらなんでも、そんな言い方することないじゃない。

「あの。それは言い過ぎなんじゃ──」
「坂部、いいから!」

 たまらず声をあげるけど、その言葉は吉野くんに遮られた。

「日向が先に手を出したなら、まずはそれを謝らないと」

 吉野くんは、何の反論もしようとしない。
むしろ、私の方が気にしてるのかも。
 子どもが面倒見てる。その言葉に、ずっと昔の、嫌な記憶が蘇えったから。
 だけど吉野くんが何も言わないなら、私が口出しするべきことじゃないのかも。
それに今は、もうひとつ大事なことがある。
 日向ちゃんのことだ。

「私、悪くない! 悪くないもん!」

 日向ちゃんは、吉野くんにしがみついて、何度も悪くないって言い続ける。
もしかすると、味方になってくれると思ってるのかもしれない。

「日向。お前が先に叩いたのは本当か?」

 吉野くんがそう言ったとたん、日向ちゃんの声がピタリと止まった。

「なら、ちゃんと謝らなきゃダメだ。わかるな」
「やっ……」

 謝るのが嫌なのか、吉野くんが味方になってくれなかったのがショックなのか、日向ちゃんは涙を流しながら、何度もしゃくり上げる。
 吉野くんは、そんな日向ちゃんの頭を持って、深く下げさせた。

「日向が手を挙げて、すみませんでした」

 それから、私と吉野くんは、たっくんと日向ちゃんを連れて家に帰る。
だけど、途中で別れる時まで、ずっと重い空気が漂っていた。