「お、おはよう、吉野くん」
「よう」

 登校途中、吉野くんとバッタリ会って、それから揃って教室に入る。
 その途中、チラッチラッとこっちを見てくる人が何人もいることに気づく。
 学校屈指のイケメン男子と付き合ったら、そりゃ注目も浴びるよね。
 あれから数日。私と吉野くんがつきあってるって噂は、すっかり浸透していた。

「それじゃ、また後でな」
「うん──」

 吉野くんと別れて自分の席につくと、紫がニヤニヤしながらやって来る。

「朝から揃って登校とは、幸せいっぱいだね〜」
「ちょっと、からかわないでよ。本当は違うんだって、ちゃんと言ったじゃない」

 他の人に聞こえないよう、めいっぱい声を小さくして言う。
 実は紫にだけは、付き合ってるってのは嘘だって伝えたの。
 なのに、ちょくちょくこんなこと言ってくるんだよね。

「いやいや。そうは言っても吉野くん、本当は知世のこと好きなのかもよ」
「まさか!?」
「だって、なんとも思ってない人を庇うために、付き合ってるなんて嘘はつかないでしょ。しかもあの吉野くんだよ。これが他の人なら、放っておくんじゃないの?」
「そ、そんなこと…………ないとは言いきれないかも」

 吉野くん、興味無い人にはとことん無関心だからね。

「で、でもさ、気づかってくれてるからって、恋愛として好きかどうかはわからないじゃない! 実は私のこと好きなのかもなんて勝手に期待して違ってたら、すごくショックだよ」
「そう? けどそんな風に思うってことは、知世は吉野くんのこと、意識してるんだよね」
「うぅ……そ、そうなのかな?」

 紫の言葉に曖昧な返事をするけど、本当はわかってる。

 吉野くんと一緒にいると、ソワソワしたり落ち着かなくなったりたことが、何度もあった。
 彼女だって言われた時のことを思い出すと、ドキドキが止まらなくなる。
 そうなる理由なんて、一つしかないよね。

「す、好きです。意識、してます……」
「ほら、やっぱり」

 観念して本音を言うと、紫がニヤニヤと笑った。

「あ、あのさ、紫。この話、吉野くんには絶対にしないで。私が本気で好きなんて知ったら、困るかもしれないから」
「そうかな? 別に困らないんじゃないの?」
「そんなのわかんないじゃない! だから、お願い!」
「はいはい、安心して。知世がまだ知られたくないなら、野暮なことはしないから」

 よかった。
 私だって、いつかはこの気持ちに向き合わなきゃいけないかもって思ってる。
 けど今は、全然心の準備ができてない。
 だから吉野くんと一緒にいる時も、なるべくこのことは考えないようにしている。
 ただ、吉野くんの近くにいると、うまくいかない時もあるの。








 長く続いた体育祭実行委員の仕事も、いよいよ大詰め。 何しろ明日は、体育祭本番だ。
 たくさんの準備に、時々やってた実行委員対抗リレーの練習。
 大変だったけど、明日で終わると思うと、少し寂しい。

 最終日とあって、今日の活動は、今までしてきた準備に不備がないかチェックするだけの、簡単なもの。
 私と吉野くんは、ペアになって準備した場所を回ってた。

「そういえば、あれから草野たちはどうした? また嫌がらせされてるってことは、ないよな?」

 チェックしながら回る途中で、吉野くんが聞いてくる。
 あれ以来、時々こんな風に嫌がらせがないか聞かれるけど、幸い、吉野くんが心配するようなことは何もなかった。

「うん、大丈夫。もうすっかり平和だから」

 草野さんは教室ですれ違っても、お互い何も言わずに不干渉。
 木村さんは、いつの間にか実行委員を別の子と代わってて、顔を合わせる機会がほとんどなくなっていた。
 他の子たちも似たようなものだ。

「ならいいけど、何かあったら、すぐに言えよ。でないと、その……何のために彼氏になったかわからないからな」
「う、うん……」

 彼氏って、いきなりそんなこと言う!?
 もちろん、嘘の彼氏だってわかってるけど、突然そんなこと言われたら意識しちゃうよ。
 私の顔、赤くなってないよね?
 実はこの時、吉野くんの顔も十分赤くなっていたんだけど、自分のことでいっぱいだった私は、それに気づくことができなかった。

「そ、そういえば、今日は私も、保育園にたっくんを迎えに行くんだ」
「そうなのか。じゃあ、日向も喜ぶな。坂部に会いたいって言ってたんだ」
「本当!? 嬉しい!」

 お姉ちゃんからたっくんのお迎えを頼まれることは今でもあるけど、その度に日向ちゃんとも遊んでて、今ではすっかり仲良し。
 お迎えが、前以上に楽しくなっていた。




 そういうわけで、実行委員の仕事が終わった後は、吉野くんと一緒に保育園に向かう。
 ついたらまずは、担任の久瀬先生に挨拶。
 それから、いつもならすぐにたっくんや日向ちゃんのクラスに行くんだけど、この日は少し違った。

「えっと……日向ちゃんのお兄さん。少しいいかしら」
「えっ?」

 そんな久瀬先生の言葉に、私は少し不安になる。
 話が何なのかは、さっぱりわからない。
 けれど、話を切り出す久瀬先生の表情は、なんだか曇っているように見えた。