倉庫に閉じ込められ、吉野くんに助けてもらった次の日。学校に行くのが怖かった。
 また草野さんたちに何かされたら。そう思うと、お腹がキリキリといたむ。
 どうか何も起きませんように。
 だけど、その祈りは届かなかった。
 教室に入って席に着くと、すぐに、四人の女の子が私のところにやってきた。

「坂部さん。話があるんだけど、ちょっといい?」

 そのうち二人は、草野さんと木村さん。
 残り二人はあまりよく知らない子だったけど、多分、昨日私を倉庫に閉じ込めた人たちだ。

「ねえ。ちょっといい?」

 緊張する私に向かって、もう一度聞いてくる。
 吉野くんからは、次に何かあったらすぐに話せって言われてるけど、その吉野くんは今は教室にいない。
 草野さんたちも、それをわかってるから、こうして私を呼んだんだと思う。

「……わかった」

 結局、渋々頷いて、草野さんたちの後についていく。
 そうして連れていかれたのは、校舎の隅の、あまり人の来ない場所だった。
「昨日、あれからどうやって逃げたの?」
「…………」

 草野さんからの質問には、何も答えられなかった。
 吉野くんが助けてくれたなんて言ったら、よけいに怒らせるのは目に見えてる。

「だんまり? でも、あれで少しは懲りたなら、二度と吉野くんに近づかないで。でないと、もっと酷いことするから。例えば、そう────」

 伸びてきた草野さんの手が、容赦なく私を突き飛ばす。
 すぐ後ろの壁にぶつかり、そのまま床に尻もちをつく。
 それを見た草野さんは、楽しそうに笑ってた。

「あなたが悪いのよ。あなたが出しゃばるから、こんなことになるの」

 草野さん。こんな人だったんだ。
 美少女で、笑顔が可愛い女の子。そう思ってたけど、こんなことしておいて、どうして笑えるの?

 草野さんだけじゃない。
 木村さんや他の女の子たちも、私が震えるのを眺めながら、楽しそうに笑ってた。

「大して可愛くもないのに図々しい」
「少しは身の程を知ればいいんだわ」
「本当は、吉野くんだって迷惑してるんじゃない?」

 そうして、また一斉に笑い出す。
 こんなにわかりやすくて大きな悪意をぶつけられるなんて初めてで、震えがますます大きくなっていく。
 だけど、そんな耳を塞ぎたくなるような言葉の中、どうしても聴き逃せないものがあった。

(吉野くんに迷惑?)

 この子たちが私を気に入らないってのは、嫌だけどわかる。
 吉野くんに近づくなって気持ちも、少しはわかる。
 けど、吉野くんの迷惑っていうのだけは、この子たちには言われたくなかった。

「め……迷惑かけてるのは、あなたたちの方じゃない」

 震えながら、それでも立ち上がって、絞り出すように言う。
 そのとたん、元々張り詰めていた空気が、さらにピリッと音を立てたような気がした。

「はぁっ? 文句でもあるの!?」

 反論されるなんて、思ってなかったのかもしれない。
 私だって、バカなことをしたって思う。
 こんなこと言っても、余計怒らせるってわかってるのに。
 それでも、譲れないものだってあるんだから。

「あなたたちのせいで、吉野くんは迷惑だったんだよ」

 昨日、私を助けに来てくれた吉野くんは、そのせいで日向ちゃんを迎えに行けなくなったんだよ。
 迷惑だって言うなら、そっちの方がよっぽど迷惑。
 そう思うと、何も言わないなんてできなかった。

「吉野くんのこと好きなら、そんなことしないでよ!」

 なけなしの勇気を振り絞って、精一杯叫ぶ。
 それがよほど悔しかったんだろう。草野さんたちの顔が歪んで、ワナワナと震え出す。

「うるさい! 今度は、閉じ込めるだけじゃすまないからね!」
「もういいよ。今すぐやっちゃおう!」

 全員で近づいてきて、私の手や肩を強引に掴む。
 身動きがとれなくなったところで、正面に立った草野さんが、勢いよく手を振り上げた。

(殴られる!)

 怖くて目をつむるけど、さっきの言葉を取り消そうとは思わなかった。
 好きって気持ちを言い訳にこんなことするような人たちに、何も言わないなんてできなかった。
 だからどんなに酷い目にあっても、後悔はなかった。

「はい。ちょっと待ったー」

 その時、場違いなくらいのんびりした声が、辺りに響いた。
 草野さんは振り上げていた手を止めて、声のした方を見る。

「お、大森くん!?」

 いつからそこにいたんだろう。声をあげたのは、大森くんだった。
 それを見て、草野さんたちの顔が凍りつく。

「お、大森くん。これは──」
「ああ、言い訳はいいから。それより、俺に感謝しなよ。俺がいなかったら、こいつ今ごろ何してたかわからないから」
「えっ────?」

 大森くんが何を言っているのかわからず、その場にいる全員が戸惑う。
 だけど次の瞬間、草野さんたちがさらに真っ青になる。

「お前たち、なにしてるんだよ」

 そんな、低くて荒々しい声をあげながら出てきたのは、怒りの形相の吉野くんだった。