みんなで遊園地に行ってから、数日後。
 この頃になると、夏の暑さも落ち着いてきて、秋って感じがしてくる。
 そして秋といえば、もうすぐある体育祭。
 私たち実行委員の仕事も、最近はほとんど毎日になっていた。

「坂部、準備できたか?」
「あっ、ごめん。もうちょっと時間かかるから、先行ってて」

 授業が終わったところで、吉野くんが呼びにくるけど、先に行ってもらった。

 吉野くん。日向ちゃんのお迎えがあるって先生に伝えて、作業が長引きそうな時は早く帰ることになってるの。
 その分、できるだけ早く行って、他の実行委員の人が集まる前に作業を始めることも多かった。

「ねえねえ。今、 吉野くんから話しかけてこなかった?」
「あっ、紫。うん。今日も実行委員があるからね」
「吉野くん、そんなのほっといて、一人で勝手に行くイメージしかないんだけど?」

 そこまで驚くこと?
 って思ったけど、確かに普段学校での吉野くんには、そういうイメージしかないかも。

「って言うか吉野くん、最近知世と話すこと多くない? もしかして、一緒に実行委員やってるうちに、仲良くなった?」
「そ、そんなことないと思うけど」

 とぼけてみるけど、声をかけたり話をしたりすることは増えたよね。
 きっかけは実行委員じゃなくて、保育園の事情を知ったり遊園地行ったりしたことなんだけど。

「何にしたって、氷の王子様相手にこれは凄いことだよ。吉野くんファンの間でも、噂になってるみたいだよ」
「ちょっと、やめてよ!そうだ。実行委員、早く行かないと!」

 紫は面白そうにケラケラ笑うけど、これ以上この話を続けたら、言っちゃいけないことまでポロッともらしそう。
 それから教室を出て、実行委員が集まる部屋に向かうけど、その途中、突然声が飛んできた。

「ねえ、ちょっと待って!」

 足を止めると、そこにいたのは一人の美少女。同じクラスの草野さんだ。

「ちょっと話があるんだけど、いい?」
「えっ。でも、これから実行委員の仕事があるんだけど」
「そんなに時間はかからないから。お願い!」

 目の前で両手を合わせ、頭を下げる草野さん。
 見た目が可愛いから、こんな仕草もすっごく絵になる。
 こんな風に頼まれたら、嫌って言えないよ。

「じゃあ、少しだけなら」
「本当? ありがとう!」

 集合時間まではもう少しあるから、大丈夫だよね。
 けど、いったい何の用なんだろう?

「えっとね……突然だけど、坂部さんって、吉野くんと仲いいの?」
「ふぇっ!?」

 またその話?
 私と吉野くん、他の人からはそんな風に見えるのかな?
 そういえば紫、吉野くんファンの間で噂になってるって言ってたっけ。

「べ、別にそんなことないんじゃないかな?」
「そう? でも坂部さんって、最近吉野くんと話すこと、多いと思うんだけどな」
「それは、まあ……」

 私と吉野くんが特別仲がいいかはともかく、話すことは多いかも。

「何きっかけでそうなったの? やっぱり、一緒に実行委員やってるから?」
「うーん、そうかな?」

 本当は違うんだけど、とりあえずここはこう答えておく。

「じゃあさ、坂部さんって、吉野くんのこと好きだったりする?」
「────っ!」

 やっぱり、こんな話になっちゃった。
 吉野くんの名前が出てきた時から、そんな予感はしていたんだよね。
 草野さん、前に吉野くんに告白してフラれたっていうし、気になるんだろうな。

「ち、違うから。実行委員で一緒にいたら話す機会も多くなった。それだけだから」
「だったらお願い。実行委員、私と代わって!」
「えぇっ!」

 さすがに、こんなこと頼まれるなんて予想外。だけど、草野さんの目はすごく真剣だ。

「私、吉野くんのこと好きなの。私が実行委員になっても、坂部さんみたいになれるなんて思わないよ。でも、少しでも仲良くなれる可能性があるなら、かけてみたいの。ダメかな?」

 今度は、目の奥がうるんできてる。

「いきなりこんなこと頼むなんて、失礼だよね。でもお願い、チャンスがほしいの!」

 どうしよう。ここは、草野さんのために代わってあげるべきなのかな?
 けど、私と吉野くんが仲良くなった理由って、本当は違うんだよね。

 それに気になるのが、日向ちゃんのお迎え。
 吉野くん、遅くまでは残らないようにしてるけど、だからこそ作業がたくさんある日は、私がちょっぴり多く残ってやっている。
 草野さんにそれをさせるなら、そういう事情を全部話すことになるかもしれない。けど吉野くん、家のことはあんまり知られたくないんだよね。

「ごめんなさい。それは、できないから」

 そう言うと、その途端、草野さんがハッと息を飲む。
 やっぱり、ショックだったかな。
 胸がチクチクと傷んで、申し訳なくなってくる。

「どうして? 坂部さん、好きで実行委員やってるわけじゃないでしょ」
「それは、そうだけど……」

 どうしよう。日向ちゃんのこととかは話せないから、詳しく説明するなんてできない。

 だけど、本当にそれだけ?
 実は、実行委員の仕事を代わってって言われた時、なぜかとっさに、嫌だって思った。
 草野さんが真剣に頼んでるのはわかってるのに、おかしいよね。
 そんなの、わかってるのに。

「ごめんなさい。どうしてもダメなの」

 自分の気持ちがわからないまま、もう一度謝る。
 するとその時、私でも草野さんでもない、全く別の声が割って入ってきた。

「あれ、坂部さん? こんなところで何してるの?」
「お、大森くん?」

 声の主は、大森くんだった。
 大森くんは、この場の重い空気を少しも感じていない様子で、私に話しかけてくる。

「坂部さん、実行委員だよね。星、いつまで経っても来ないって怒ってたよ」
「えぇっ!」

 吉野くんが怒ってる? 集まる時間まではまだあるのに?
 でもそれなら、すぐに行った方がいいよね。

「そういうわけだから草野さん。坂部さん、連れて行っていい?」
「それは…………いいけど」

 草野さんは、しぶしぶって感じで小さく頷く。
 本当はまだ話を続けたかったのかもしれないけど、吉野くんが怒ってるって言われたら、急がないわけにはいかない。
 ペコリと頭を下げると、私は大森くんと一緒にその場を後にした。

「えっと、吉野くん、そんなに怒ってた?」

 心配になって、大森くんに聞いてみる。
 すると大森くんは、実にあっさりこう言った。

「大丈夫。それ、嘘だから」