「……坂部。なあ、坂部?」
「────!? は、はい!」

 急に名前を呼ばれ、慌てて返事をする。
 それと同時に横を向くと、そこにあるのは吉野くんの顔。しかも、すっごい至近距離に。

 ここは、正夫さんの運転する車の中。
 お姉ちゃんの家族三人と、私。そして吉野くんと日向ちゃんというメンバーで、遊園地に向かっている最中だった。

「俺と日向までついてくることになって、悪かったな。迷惑だったか?」
「そんなことないって。吉野くんこそ、急に行くことになったけど、予定とかなかった?」
「いや、特には。日向も喜んでるから、正直すごくありがたい」
「よかった。日向ちゃん、すっごく楽しみにしてるもんね」

 昨日届いたメッセージで、吉野くんも一緒に行くって聞いた時は、驚きすぎて声をあげたけど、嫌とか迷惑とかは思ってないから。

「日向、昨日家に帰ってからはずっと遊園地の話ばかりしてて、夜寝かしつけるのに苦労したよ」
「わかる。私も、小さいころ遊園地に行く時は、前の日眠れなくなってたもん。たっくんもそうじゃないかな?」

 そんな日向ちゃんとたっくんは、今も二人揃って大はしゃぎだ。

「遊園地〜、遊園地〜!」
「遊園地〜、遊園地〜!」

 この通り、さっきから歌うように遊園地コールを繰り返してる。
 そんな二人を見て、お姉ちゃんも笑ってた。

「日向ちゃんと一緒の方が、巧も楽しそうね」

 そうしているうちに、車は遊園地の駐車場へと到着した。

「さあ、着いたよ。巧、日向ちゃん、外に出ても、走っちゃダメだからね」

 車を停めた正夫さんは、二人を下ろす前に、そう注意する。
 でないと、二人とも一目散に駆け出しそうだったから。

 たっくんは正夫さんが、日向ちゃんは吉野くんがしっかり手を握って、全員で入場ホールに向かって歩いていく。
 それからチケットを買って遊園地の中に入ったんだけど、そこで、お姉ちゃんが私に言ってきた。

「吉野くんって子、面倒見いいし、しっかりしてていい子ね。それに、すっごくイケメン」
「うん。そうだよね」

 学校では、王子様って呼ばれてるくらいだからね。
 正確には氷の王子様だけど、今は完全に日向ちゃんの保護者モードだし、普段よりさらに爽やかさがアップしてるかも。

「ねえ、知世。そんな子と一緒に遊園地行くのは、どんな気分?」
「えっ?」

 驚く私を見て、ニヤニヤ笑うお姉ちゃん。

「イケメンくんと、仲良くなれるチャンスかもよ」
「ふぇぇぇぇっ!?」

 ちょっ、ちょっと待ってよ!
 そりゃ確かに、男子と一緒に遊園地行くのなんて初めてだから、ドキッとはするよ。
 でもでも、ここに来た目的は決してそんなんじゃないってこと、お姉ちゃんも知ってるでしょ!

「もう! 今日の主役は、たっくんと日向ちゃんでしょ。吉野くんだってそのつもりで来てるんじゃない」

 今の話、吉野くんには聞かれてないよね。
 チラッと様子を見るけど、吉野くんは日向ちゃんに集中していて、ちっとも気づいてないみたい。
 よかった。あんなの聞かれたら、気まずいどころじゃないよ。

「吉野くんにも、変なこと言わないでよね」

 お姉ちゃんにそう言って、この話はこれでおしまい。きれいさっぱり忘れよう。

 ってできたらよかったんだけど、あんなこと言われたら、どうしても意識しちゃうし、心配にもなるよ。
 
 吉野くんはどうだろう。女の子と一緒に遊園地に来るってこと、何も意識してないのかな?

 なんて、吉野くんが意識してるなんて、まるでイメージできないや。
 だいたい吉野くんにとっては、私なんてオマケみたいなもの。 今だって、吉野くんの目は日向ちゃんに釘付けになってるもん。
 だけどね。日向ちゃんの姿を見たとたん、私の目も釘付けになっちゃった。

「な、なにこれ!」

 と言うのも、今の日向ちゃんは、さっきまでの日向ちゃんじゃない。
 実はこの遊園地、クマ吉っていうクマのマスコットがいるんだけど、6歳以下の子どもは、チケットを買った時にクマ吉の耳のついたカチューシャがもらえるの。
 日向ちゃんは、早速そのクマ吉カチューシャをつけてた。
「か、可愛い!」

 もちろん普段の日向ちゃんだって可愛いんだけど、クマの耳なんてキュートアイテムがついた日向ちゃんは、さらに可愛さがアップ!
 しかもしかも、可愛いのは日向ちゃんだけじゃなかった!

「わぁっ! たっくんも!」

 日向ちゃんのすぐ横で、たっくんも同じようにクマ吉カチューシャをつけている。
 もちろんこっちもすごく可愛くて、そんな二人が並んで無邪気に笑うと、相乗効果でさらに凄いことになるの!

「お兄ちゃん。似合う?」
「お姉ちゃん。似合う?」

 揃って私たちにそう聞いてきたものだから、もうメロメロになっちゃった。

「似合う似合う! すっごく良く似合うよ!」

 もちろん、メロメロになったのは私だけじゃない。

「坂部。お前もこの良さがわかるか」
「もちろん。ふたりとも可愛すぎ!」
「あっ、そうだ! 写真撮らないと!」
「私も撮る!」

 スマホを取り出し、揃ってカメラを連射する私と吉野くん。

 お姉ちゃんが変なこと言うからドキッとしたけど、たっくんと日向ちゃんの前では、そんなの吹っ飛んじゃった。

 そのお姉ちゃんはというと、正夫さんと一緒に、私たちを見ながら笑ってた。

「二人揃って子供たちに夢中とはね」
「こりゃ、僕たちが写真撮る必要ないかもね」