「あれー? 大井先生どうしたのー?」
「人探し」


ボランティア部の部室に来てみたものの…そこに網本さんの姿は無い。


「誰を探しているの?」
「1年の網本さん」
「あぁ、1年生は中庭で清掃をしていますので。そこに網本さんもいると思います」
「清掃か…。分かった、ありがとう」


言われた通りに中庭に向かう。
掃除用具を持った集団の中に、網本さんの姿を見つけた。


「網本さん」
「…あ、大井先生」


眼鏡を掛けていない網本さん。
動かしていたその手を止め、近付いて来る。


「網本さん…眼鏡を掛けていないのに、普通だね」


そう言うと、網本さんは小さく頷いた。


「先生、小夏のことですよね。丁度良かった。私も話した方が良いかなって思っていたところなので」


他の人たちに少し抜けるという旨を伝え、網本さんは人気の無い場所に移動する。
その後ろを俺も着いて行った。


「網本さん。まず、聞かせて。君のこと」
「…はい。まぁ…まず。眼鏡でオンオフしているっていうのは演技。小夏に合わせているだけです」


網本さんについてはそんなことだろうとは思っていたけれど…


「…演技、上手いね。オタクなのも演技?」
「アハハ! オタクなのは本当です! 『スイート学園』って言う漫画に出てくる如月たそが大好きで、その子に激似の先輩がいたからボランティア部に入ったって言うのも本当! 﨑野先輩って言うんですけど、優しくてカッコイイんですから」

ひとしきり笑った後、網本さんは真剣な面持ちで言葉を継いだ。

「…小夏、中学1年の時に両親を亡くしたのです。小夏が学校で部活をしている間に、2人は事故に巻き込まれたらしいです」
「その辺の話。少しだけ、田所先生から聞いたよ」
「なら、住まわしてくれる親戚が居なくてずっとひとり暮らしってことも、知っていますね」
「…うん」


改めて考えると、酷なものだ。
中学1年生なんて誰かに甘えたい時期に、望まないひとり暮らしなんて…。


「小夏、その頃から壊れ始めました。感情の制御が出来ず、学校でもかなり荒れて…目も当てられなかったんですけど。そんな時に『きらめき☆フォーエバー』と言うアニメに出会ったんです。そのアニメの柊弥たそというキャラクターに物凄くハマって…そこから、徐々に落ち着きを取り戻したっていう感じかな。多分、心の拠り所になったのだと思います」

「…けれど、落ち着きを取り戻す代わりに、本当の小夏っていうのは姿を消しましたね。…拙者とかござる、とか言い始めて…次第にあのオタクキャラを確立していった感じです。それはそれで良かったのです。明るく楽しそうでしたから」

「でもそれだと、やっぱり学校生活に支障が出ます。だから今度は、そのキャラすら隠す新たな小夏を作り上げたのです。しかもそれを眼鏡1つで切り替えるという器用さ。当時は…驚きました」

「最初は色々と私も戸惑ったんですけど。小夏を支えるには、私も同じようにするしかないかなって思って。…そこからは先生も知っての通りですよ」

「小生、小夏殿を支えるべく…意を決してオタクなキャラを作り上げたってことなんだぜ…!!!」

網本さんはガッツポーズをしながらジャンプをした。



「…俺、駄目なことしたな…」



その話を聞いて、猛烈に反省した。

伊藤さんが隠していた辛いことを、本人の口から聞き出そうとしたなんて…。



「無理矢理本人から聞き出そうとするのではなく…伊藤さん自身に寄り添うことから始めないといけなかったんだな。俺、顧問だから色々知っておかなければならないと思ったのと…あのオタク感満載の喋り方で『柊弥たそ』って呼ばれることに恐怖を感じていたからさ…」

「『柊弥たそ』じゃなくて、俺自身で認知して欲しかった…」



事情を知らない俺の独りよがりな行動で、更に伊藤さんのことを傷付けた。

深く……深く反省し、後悔でいっぱい…。