「よし!じゃあ今日は本番同様に通すぞ」

「はい!」

翌日、尊がイギリスへと出発した日。
音楽室に集まった私達は、顧問の先生の言葉に声を揃えて返事をする。

いよいよコンクールに向けてのラストスパート。

昨日までの野球応援の疲れを気にする暇もなく、みんなで心を一つにして真剣にリハーサルをする。

たとえ何が起こっても、誰がどんなミスをしても指揮は止まらない。

極端な話、演奏がズレてバラバラになってしまっても、どうにかして最後まで続けなくてはいけないのだ。

練習では起こったことのないミスが、本番にだけ起こる。

それは決して珍しくない。

ましてやコンクールともなれば、緊張感は否が応でも高まってしまう。

私はリハーサルだというのに気づけば手に汗を握り、とにかくミスをしないようにと顔をこわばらせて演奏していた。

やがて曲の中間部に差し掛かる。

みんなの音がフッと消え、一瞬の静寂の後、私の隣からまるでその場の空気を包み込むような、優しく温かい音色が響き渡った。

その途端、私は胸をきゅーっと掴まれたような感覚に鳥肌が立ち、涙が込み上げてきた。

(…奏也先輩)

ミスをしないようにと、縮こまって吹く自分の演奏とはまるで違う。

先輩の身体そのものが楽器のように、心の底から奏でるように、先輩の音は私の胸を震わせた。

その音に導かれるように、私も自分の音を重ねる。

私だけじゃない。
他のみんなも、奏也先輩の音に心を重ねて演奏する。

大勢の音は一つになり、壮大な曲へと生まれ変わって解き放たれる。

やがて演奏が終わり、最後の音が空気に溶け込むと、誰もがほっと吐息を漏らした。

先生が、ゆっくりと指揮棒を下ろす。

「…すごかったな、今の」

先生の呟きに、みんなも頷く。

「技術がどうとか、細かいミスがどうとか、そんなの一気に吹き飛ばすような音だった。大事なのはそこだ。人間なんだから、完璧には演奏出来ない。ミスなく音程も正確にってだけなら、機械が自動演奏すればいいんだ。だけどそこに感動はない。人を感動させられるのは、人の演奏だ。それを忘れずに本番に臨もう」

「はい!」

メンバー全員が心を一つに返事をした。