尊は車に戻るとカーナビに『須走登山口』と設定する。

「行くぞ」

「うん」

私も尊も、表情を引き締めて前を見つめた。

順調に高速道路を走り、インターチェンジで降りてしばらく一般道を登って行く。

目の前に広がる雄大な景色を眺めているうちに、大きな駐車場に出た。

まだ時間も早く、他に人の姿は見当たらない。

「着いたぞ。ここから先は歩いて行こう」

「分かった」

車を降りると、ひんやりとした空気が身体を包む。

私は背負ったリュックの持ち手を握りしめて顔を上げた。

(ここに私達の何かがある)

そう思うと思わず武者震いしてしまう。

(必ずお姉ちゃんを助けてみせる)

私は固く心に誓って、尊を振り返った。

「行こう、尊」

「ああ」

まずは南の方角に向かい、登山道の入り口に入る。

しばらくはアップダウンの激しい道が続き、カラマツの林の中をひたすら進む。

「蘭、手を貸して」

一歩先を行く尊に右手を差し出すと、尊は私の手をぎゅっと握ったまま歩き始めた。

「絶対に離すなよ」

返事の代わりに、私もぎゅっと尊の手を握り返す。

尊の手の温もりは、私を力強く守ってくれているようだった。

やがて水平なトラバース道に出た。

「わあ、綺麗…」

思わず感嘆のため息がこぼれる。

連なった山のピーク、伊豆半島と駿河湾や相模湾、そして山中湖も一望出来る素晴らしい眺め。

更に歩を進めると、20分程経った頃、目の前に雄大な富士山が姿を現した。

あまりの美しさと壮大さに、私は圧倒されて立ち尽くす。

「蘭。幻の川は、ここからそう遠くないはずだ」

尊が辺りを見渡しながら言うが、それらしい物も見えなければ水音もしない。

「とにかくもう少し進んでみよう。いいか?絶対に手を離すんじゃないぞ」

「うん、分かってる」

今は晴れていて見晴らしもいいが、なにせここは山だ。

決して油断してはいけない。

天気が急変することも考えられるし、現にお母さんもあの時、急に霧が立ち込めて辺りが暗くなり、すぐ近くにいたはずのお父さんとはぐれてしまったらしいのだから。

尊と手を繋いだまましばらく歩くが、いっこうに川が見えてくる気配はない。

「やっぱり幻と言われるだけあって、そうやすやすと見つかるもんじゃないのかもな」

疲れて息が切れてきた私は、ろくに返事も出来ずにいた。

けれど諦める訳にはいかない。

(なんとかして見つけなきゃ。お姉ちゃんを助けるんだ)

心の中で何度もその言葉をくり返す。