「リディア・ルース・グレンジャー、前へ」

 穏やかな表情でこちらを見つめ、ニコラス大司教は近くに来るよう指示した。
促されるまま一歩前へ出ると、彼は『失礼します』と一言断りを入れてから私の額に触れる。
と同時に、目を閉じた。

「頭を空っぽにして……何も考えないでください」

「はい」

 『無心で居ろ』というのはなかなか難しいが、そっと目を伏せてボーッとするよう務める。
そして床のタイルをただひたすら眺めるという行動に走る中、ニコラス大司教は『すぅー……』と息を吸った。
かと思えば、吐息を吐き出すようにして知らない言語を発する。

「*******」

 ただでさえボーッとしていることもあり、ニコラス大司教の言葉は一つも聞き取れなかった。
ただ、歌のように滑らかで一切音が途切れなかったことだけは覚えている。
『ニコラス大司教は一体、何を言ったのだろう』と、ついつい考えてしまう中────頭の中に何か……温かくて気持ちのいいものが入ってきた。
かと思えば────体中から力が(みなぎ)ってきて、凄まじい高揚感を覚える。
『無心にならなければ』と思っているのに、私はこの衝動を抑え切れず……思考と感情を解放した。
その刹那────反射的に目を瞑ってしまうほど強い光が放たれる。