母の話によると、兄は私のためだけに魔法の本を執筆し、保全加工までしたらしい。
それも、一人で。
魔導具を作るには、繊細な魔力コントロールと魔力の籠った特別な素材を用意する必要があるため、職人でもないと難しいのに。

 父より仕入れた魔導具の知識を並べ、私は苦笑いする。
兄の才能を無駄遣いしているようで、ちょっと申し訳ないから。
もちろん、とても有り難いが。

「リディア様、そろそろお出掛けの準備を……あら、インクを零してしまったんですね」

 私の専属侍女であるハンナが顔を覗かせ、『あらあら』と零す。
お下げにした茶髪を揺らしながらこちらに駆け寄り、じっと私の体を見つめた。
かと思えば、肩の力を抜く。
インクで汚れているのは机だけだと確認し、ホッとしたのだろう。
エメラルドの瞳に安堵を滲ませるハンナは、そっと私の手を取る。

「掃除は私に任せて、リディア様は早くご支度を────今日は待ちに待った、洗礼式なんですから」