普通、宥めたり叱ったりするところをまさかの猫騙しだからね。
怒りも吹き飛ぶ。

 ────と考えたところで、私は『あっ……』と声を漏らす。
頭の中が冴え渡るような感覚に襲われながら、『これだ!』と目を輝かせた。

 あの時の母親と同様、激情を上回る衝撃を与えて相手を落ち着かせればいいんだ……!
荒業かもしれないけど、時間を掛けずに小公爵を正気へ戻すにはこれしかない!
とはいえ、さすがに猫騙しは出来ないけど……だって、攻撃と捉えられて更に怒りを買ってしまったら困るもの!

 火に油を注ぐような事態にならないよう、私は別の手段を選ぶ。
『攻撃と見なされず、尚且つ驚くこと』と自分に言い聞かせ、私は────公爵夫人の腕の中から抜け出した。

「リディア……!」

 困惑の滲んだ声で私の名を呼び、公爵夫人はこちらに手を伸ばす────ものの、既のところで躱される。
『待って!』と叫ぶ彼女を尻目に、私は一直線に小公爵の元へ向かった。
『公爵のおかげで、足元の氷が溶けてて良かった』と思いながら。
ただ前だけ見てひた走る私は拳サイズの雹を避け、滑る地面を踏み締める。
あまりの寒さに思わず立ち止まってしまいそうになるが、それでも一切足を止めずに前へ進んだ。

 あともう少し……!

 虚ろな目で立ち尽くす小公爵を見据え、私は最後の力を振り絞る。
そして、何とか彼に触れられる距離まで迫ると、思い切り両手を伸ばした。