「悪く思うなよ、聖女サン」

 そう言うが早いか、男性は勢いよく手を振り下ろした。
すると、パチンッと乾いた音が鳴り響く。
手加減したつもりなのか、殴打ではなく平手打ちだったので思ったよりダメージはなかった────が、痛いものは痛い。
親にすら()たれたことのない私にとっては、充分辛かった。
暴力を振るわれたショックと恐怖で、自然と涙が溢れるくらいには。

 もう嫌だ……何でこんな目に遭うの。
ヒロインの器じゃないくせに、調子に乗ったから……?
モブはモブらしく、大人しくしておけば良かったの……?
乙女ゲームのヒロインみたいに愛されたいって、願っちゃダメだった……?
分不相応だった……?
ねぇ、誰か教えてよ……!

 この理不尽な現実をなかなか受け入れられず、私は半ば自暴自棄になる。
『抵抗する』なんて選択肢……端から頭になくて、ひたすら暴力に耐えるしかなかった。
往復ビンタのせいで腫れ上がっているであろう頬と涙に濡れた瞳を想像しながら、私は少し咳き込む。
口の中に広がる鉄の味に、少しビックリしてしまったから。
『ついに血まで出ちゃったのか』とぼんやり考える中、ネクタイに手を掛けられる。