初めに奥の部屋に来たのは氷空くんだった。
「お疲れ様、氷空くん。
肩もみでもしようか?」
「いや・・・頭撫でてほしいな」
「・・・え?
あー・・・うん、それでいいなら」
そっと氷空くんの髪に触れるとふわっとシトラスの香りがする。
う、わ・・・柔らかいっ・・・。
ピンクベージュの髪色からしてものすごく柔らかそうだったけど、実際に触らせてもらうと綿菓子のようにふわふわだった。
いいなぁ・・・髪色が綺麗な上に柔らかくて・・・。
「ありがと、めっちゃ満足した。
ってかホントはこんなんで辞めたくないんだけど今は、ね」
今は・・・?
「真空のペースに合わせないと」
えっ・・・、と。
私の事を考えてくれてるってことかな・・・?
「じゃーね。
俺が作った動画、見てね」
「うん、是非っ!」
楽しみだなぁ・・・。
慣れてるのか、なかなか人が来ないので私は宿題を済ませておく。
その時。
「あれ、予想外」
思わず心の声が漏れてしまう。
「・・・話があってな」
「話?もしかして・・・」
さっきの双子みたい、の話だろうか。
「多分、あってるだろうな」
そう言って苦笑した彼──心珠くん。
「なぁ、覚えてないか?小さい時・・・確か2歳だったな。それまで一緒にいた男」
「え・・・なんでわかるの?家族に聞いてもそんな子いないって言われて記憶違いだって言われて来たんだけど・・・」

私が2歳のころの話。
ずっと一緒にいた男の子がいた。
幼馴染とかそういうのじゃなくて、普通に家族。
一緒に住んでたし。
でも2歳6か月くらいの時、その男の子はいなくなった。
ずっと家族だと思ってたし、一人だけいなくなるのは不自然だな、と思って親に聞いてみたんだけど・・・。
帰ってきたのはこの一言。
「うちに子供は真空だけよ」
って。
やけにニッコリした親に言われたんだ。

心珠くんはなにか迷ったように目を泳がせた後、じっと私を見つめてきた。
「雀矢 心珠・・・。本名は、」
・・・本名?
どういうこと、偽りの名前?
でも、それじゃ入学なんてできないだろうし・・・。
「・・・向埜鳥 心珠、だ」
私と・・・同じ、苗字?
この苗字は珍しくて印鑑も多分ない。
「真空、お前は一人っ子じゃない。
俺は真空の、双子の兄だ」
嘘、でしょ・・・。
でも記憶はあるから否定することはできなかった。
「急に悪いな・・・でも、ずっと言いたかったんだ、俺たちは双子で、家族だって」
家族・・・心が、温かい。
「向埜鳥家が女当主なのは知ってるだろ?
だから俺は2歳で養護施設に捨てられたんだ。
・・・で、拾ってくれたのが雀矢家」
そう、だったんだ・・・。
心珠くんが嘘をつく人のようには見えない。
だから、全部信じることにした。
「みんなに・・・言ってもいいか?」
「うん、いいよ。言おう」
そう言ったら心珠くん・・・いや、双子だもんね。
心珠が私の手を取って部屋を出た。
「あ、心珠おかえりー、・・・って、なんで真空と手・・・」
氷空くんはカッと目を見開き、動揺している。
「今から、大切なことを言いたい。
これをばらされたら俺と真空は学園をやめなければいけない。
黙っててくれるか・・・?」
「う、うん、黙ってるよ」
氷空くんに続くようにみんなも頷く。
「実は・・・俺と真空は双子なんだ。
俺が捨てられたってことは言っただろ?
俺が生まれたのが向埜鳥家で、俺は真空の双子の兄だ。」
「・・・えっ?」
最初に声を発したのは氷空くん。
次に
「なるほど~、そういう事か~。さっき慌ててたのはこの事があったからなんだねぇ~」
と蓮羅くん。
「そ、そっか・・・」
あまり声が出ないのか、短くそう言って乾いた笑みを浮かべた琴李くん。
「わ、私も今知ったんだ・・・」
思わず苦笑するとみんなは慌てたように笑う。
「き、気にすることないよっ・・・」
「そ、そうそう~、氷空くんの言うとおりだよ~」
「二人とも悪くないから、気は使わなくていいよ・・・」
みんなっ・・・何ていい人なんだろうっ・・・!
「じゃ、じゃあ・・・ライバルから心珠は抜けたってことだね・・・?」
「いや・・・?俺はもう真空とは家族じゃないからな・・・?」
「ちょ、心珠!なんで!」
氷空くんっ・・・どうしたの・・・!
「ま~ま~氷空くん~、そんなに怒ってたら嫌われるよ~?」
「えっ・・・」
き、嫌われる・・・?
好きな人でもいるんだろうか。
「き、気にしないで真空っ・・・こ、こっちの話だから・・・」
・・・?
そっか、私には関係ないってこと、だよね。