「…兄貴、おかえり」
「ただいま。唯斗」

家には既に坂本先生が居た。
学校で良く着てるダサいジャージ姿だ。

「……彼女さんも、いらっしゃい…」
「もう良いですよ。坂本先生。全て話しました」
「……」

困ったように下唇を噛み、軽く下を向いた坂本先生。

「…唯斗、3人で話そうか」

リビングに通され、坂本先生はダイニングチェア、私と絢斗先生はソファに腰を掛ける。

「唯斗。色々聞きたいことはあるんだけど、まず確認させて欲しい。唯斗が、ゆきちゃんにキスをした理由って、何?」

恐ろしいくらい単刀直入。
絢斗先生はそっと私を抱き寄せ、坂本先生を見つめた。

「……最初こそ、俺の授業がいらないと言われて腹が立ったんだけど。授業評価をさせて、関わっていくうちに…生徒以上の感情が芽生えていた。そして、兄貴の彼女だと知って…感情が抑えられなくなった」

「俺…兄貴も大好きだからさ。岩田に兄貴を取られたと思った。それと同時に、兄貴に岩田も取られてさ……分かんないんだよ、俺…」

坂本先生は、泣き出してしまった。
肩を震わし泣いている様子は、学校での先生と結びつかない。

「…唯斗。ゆきちゃんから、学校の生物の先生の態度が悪くて、授業は分かりにくいし、口も悪いって…ずっと聞いていたんだ。それが唯斗のことだったと知ったのは今日だけど…。…それ、唯斗が今の学校で上手くやれているという要因?」
「………そうだよ、そう。『本当の俺』がダメなら…『学校での俺』を別に作り上げるしかないじゃん…」

隣から小さく溜息が聞こえてくる。
その表情から感情は読み取れない…。

「…そうなんだね。唯斗は変わらない、昔から…不器用だ」
「俺も兄貴みたいに器用なら良かった。双子なのに、何故こんなにも違うんだろう」
「……それは…双子と言うだけで、僕らは違う人間だから」

そう言いながら、絢斗先生は私にキスをしてきた。
先生は眼鏡を外して、ひたすら優しく蕩けそうな深いキスを繰り返す。

舌を絡める度に音が響いて恥ずかしい。
坂本先生が…見ているのに…。

「せ、先生…」
「大丈夫だよ。由紀乃、僕だけに意識を向けて」
「…絢斗……」

何度も何度も、今度は貪るようにキスをした。

お互いの顔に優しく手を添え、何度も…何度も。



そして坂本先生は、その様子を無言で見続けていた。



「…唯斗、これが愛のあるキスだよ。唯斗は大切な弟だけど、由紀乃を押さえつけて無理矢理キスをしたことは許さない」

「由紀乃に授業評価をさせて、嫌な思いをさせたことも」

「由紀乃に酷い言葉を投げかけたことも」

「唯斗が由紀乃に対してしたこと全て、許さないから」

坂本先生はまたポロポロと大粒の涙を零す。
嗚咽を漏らしながら泣き続け、暫くしてゆっくりと頭を下げた。

「…岩田。ごめんなさい。すみませんでした…」
「先生…」

なんて言葉を掛ければ良いのか分からない。

黙り込んで悩んでいると、絢斗先生は私の顔を優しく掴んだ。

「…由紀乃」

頭を下げている坂本先生を横目に、また私にキスをする。
強く体を抱きしめ、まるで見せつけるかのように何度も繰り返す。

「…唯斗、ごめんね。どうやら僕、独占欲が強いみたい」
「兄貴………っ」

坂本先生は泣いたまま家を飛び出して行った。

「あ…坂本先生…」
「由紀乃。唯斗なら大丈夫…」

見つめ合い、またキスをする。
もう何回目だろうか…。

だけど、何度キスをしても気持ち良くて、温かくて…心地良い。

「由紀乃…好きだよ。愛してる」
「私も、大好き…」

坂本先生のことが少し気になるけれど。

…それ以上に、幸せ。
幸せ過ぎて、胸がいっぱいになっていた…。