「愛華さん!?どうした!?平気か!?」


 それは今一番聞きたくない声だった。いや、本当は一番聞きたい声だったのかもしれない。


 愛華は仕方なく目元のタオルをどかして、少し腫れた目を隠すように声の主を見た。


「椿くん…」


 椿が泣き出しそうなくらいに心配した表情でこちらを見ていて、「なんで……」と愛華は思わず呟いてしまった。


「なんで椿くんなの…?」


「え?」


 愛華の言葉をうまく解釈できなかった椿は不思議そうに首を傾げながら説明する。


「公園の前を通ったら愛華さんがいて、何だか泣いているように見えたから…」


(うん。椿くんはそういう人だよ。優しいからほっとけないだけなんだよ。誰にだってそうなんだよ。泣いているのが私でなくても、椿くんは誰にでも声を掛けるんだよ)


「……しないで…」


「え?」


 愛華の掠れた声が上手く届かなかったようで、椿が聞き返す。


 愛華ははっきり椿を見据え、振り絞る様に彼に言葉をぶつけた。


「優しくしないで…。椿くんに優しくされると辛いの…私に、優しくしないでっ……」


 愛華の言葉に、椿は少なからず傷付いたような表情を見せた。


(ああ、いつも優しい彼に、こんな顔をさせてしまった…)


 けれど愛華には叶わない恋をずっと思い続けるだけの心の余裕が、今は全くなかった。


(忘れた方がいい、こんな気持ち)


 どうせ叶うことのない恋なのだ。愛華がどれだけ頑張っても、椿が振り向いてくれることはきっとない。


 それなのに。


 椿は愛華を真っ直ぐに見つめ、精一杯言葉を届けてくれる。


「俺が愛華さんに嫌なことをしたなら謝る。でも、泣いてる愛華さんを放っておけるわけないだろ」


(どうして…どうしてなの……。椿くんは美音ちゃんが好きなんでしょう?私なんて放っておけばいいのに…)


 分かっている。椿は優しい。ただそれだけだ。放っておけないのだ。そういう性分なのだ。


 そういう椿だからこそ、愛華は好きになったのだから。


(好きだよ、椿くん…好きの気持ちは消せないよ……)