ピアノのコンクールの次の日。愛華はいつものように放課後音楽室に来ていた。


 次のコンクールに向けての曲も決められず、適当に手慰みに弾いていた。


 そんなへなちょこな演奏をする愛華のもとに、仏頂面の水原がやってきたのだ。


 水原は何も言わず、愛華を見ていた。


「なに、水原くん。また私の演奏に文句でも言いに来たの?」


 ささくれだった愛華は、水原に対してもきつい言葉をぶつけてしまった。


 本当はそんなこと言いたくなかった。水原だってきっと、愛華を心配して来てくれたのだろうから。


 恋もうまくいかない。コンクールもうまくいかない。うまくいかないことだらけの今の愛華はただただ一人にしてほしかった。


 ようやく口を開いた水原は、普段と変わらない無表情であった。


「愛華、何かあったのか」


「…どうして?」


「愛華があんな演奏するはずがない」


「水原くんが思ってるような人間じゃないよ、私は。まだまだ技術も足りないし、いい演奏なんてできないよ」


 愛華の後ろ向きな言葉に、水原は少しむっとしたようだった。


「自分を貶めるようなことを簡単に口にするな」


「うるさいな、いつも完璧で自信のある水原くんに、私の気持ちは分かんないよ!」


 水原は何も悪くないのに、愛華は自分の感情をコントロールできなかった。


 愛華だって悔しかったのだ。あれほど練習して、頑張って上位を目指そうと取り組んでいたコンクールだ。それがいつもの演奏の半分の力も出し切れずに、なんの成果も得られず終わってしまった。悔しくないわけがない。全部自分のせいなのだ。


(私が恋なんかに現を抜かしていたせい。自分の演奏技術も、精神力も劣っていたせい)


 失恋してからというもの、何もかもがうまくいかなくなっていた。


(恋なんてしなければよかった…こんなに悲しい気持ちになるくらいなら、椿くんに出会わなければよかった…)


「ひっ…ううう…」


 急に泣き出した愛華に、水原は驚いたように目を見開いた。


 涙は止めどなく溢れ、愛華の頬を伝っていく。


「好きになんてならなければよかったぁ…!憧れのままでいれば、こんな想いしなくて済んだのに…!恋なんてもうしない、椿くんのことなんて、…っ」


 大っ嫌いだ、そう言いたかったのに、言えるはずもなかった。愛華の気持ちはまだ変わらない。椿のことがどうしたって好きなのだ。嫌いになれるはずなどなかった。


(椿くんのことが好き。そんな簡単にこの気持ちを止めることなんてできないよ…)


 水原は何も言わず、そんな愛華を優しく抱きしめてくれた。


 やがて嗚咽は泣き声に変わり、愛華は水原の胸で思いきり泣いた。