それからさらにひと月ほど。
「十八時からの小田牧(おだまき)様との会食ですが——」
企画コンペのことはひとまず忘れて、日々秘書の業務をこなしている。
「花音、今度改めて食事に付き合ってもらえないか? ゆっくり話がしたい」
真剣な顔で言う彼に、私は首を横に振る。
「名前で呼ぶのはやめてください。私には話はありません」
だけど、就職の件は彼が裏から手を回していたのではないのかもしれない……そう思うようになって、彼との接し方がよくわからなくなってしまった。

〝あのパーティーに彼は来なかった〟
〝あの日、飛行機の便は早められていた〟

信用しそうになっても、辛い記憶は曲げようのない事実だ。



「そこで止めてくれ」
ある日の仕事が終わる頃、彼が運転席に向かって言った。
「え……ここって」
「少しくらい、付き合えるだろ?」
私は首を横に振る。
「今夜は用事が……」
場所を察して、落ち着かずに髪を触る。
「一軒で帰す」
「でも……」
「企画には知識が必要だとわかっただろ? 社長命令の市場調査だ」
昔から、〝NO〟を封じるのが上手くて腹立たしい。