その執着は、花をも酔わす 〜別れた御曹司に迫られて〜

私はガラス戸の向こう側に五百円玉をスッと、将棋の駒を押すみたいに差し出した。

「え? いいの? ユキちゃん」
「一杯だけ」
私だって、うっかり財布に万札しか入ってなくて何度かおごってもらったことがある。
こういうところは、持ちつ持たれつ。
マスターが彼のお酒を注いだグラスを差し出す。
澄んだ日本酒って、水とは違う不思議な魅力がある。
「ありがとう」
そう言った彼が、私のグラスに小さく乾杯を求めてきたから、応じようと彼の方を見る。

「え……花音?」
「……え——」

〝心臓が止まるかと思った〟って、こういうことかって理解した瞬間、目の前が暗くなって、本当に心臓が止まるのかと思った。
倒れそうになったところを力強い腕に受け止められて、
「やべぇ」
「おい、行くぞ」
って小さな声と、また「ガラッ」って戸の開く音を聞いた。
……ああ、さっきのチョコ、何か入ってたんだ。
ぼんやりと考えているうちに、どんどん意識が遠のいていく。

「花音! おい、花音!」
懐かしい低い声。
本当はもう二度と聞きたくなかった声。

「やっと見つけた」

消えゆく意識の中で、耳元で小さく聞こえた気がする。