呼び出されたのは社長室で、目の前の重厚なデスクの向こうには碇成貴が満足げな笑みを浮かべて座っている。

「無理です。秘書の経験も無いのに、こんなに大きな会社の社長秘書だなんて。誰がどう見ても非常識な人事です」
目の前の人物を見ながら、髪を耳にかけて冷静ぶって拒否の言葉を口にする。
彼はたったの七年で碇ビールの社長になっていた。
そしてあろうことか、私を自分付きの秘書にしようとしている。
「営業事務として優秀だったと聞いている。秘書の業務も似たようなものだ、君ならすぐに仕事を覚えられるだろう」
零細企業の営業事務と大企業の社長秘書が〝似たようなもの〟のはずがない。
「だいたい、今までの秘書の方は?」
「君の補佐にまわってもらう」
「それって実質私は必要無いってことじゃないですか」
拒否の姿勢を示す私に、彼は面倒そうにため息をつく。
「なら、前任の秘書に辞めてもらえばいいのか?」
「そんな必要無いです。私が辞めますから」
こちらも呆れたため息をつきながら言った。

「それは構わないが——」
彼はまた冷たく笑う。

「君が辞めたらスーシの社員は全員クビだ」

「え……」