月夜の黒猫は、心を攫う


 男がどこをどう進んでいるのか、目に見える景色が人通りの多かった駅前から人気の少ない薄暗い路地へと変わっていく。

 どこに向かっているんだろう。抵抗するのにも疲れて諦めかけたとき。

 ドンッ。男がなにかに接触して足を止めた。

「なんだ、追いついたのか。足の速さでは猫に負けないと思ったのに」

「おれだって、狼には負けない。おれの魔女を返せ」

 聞こえてきたのは、怒りを滲ませた稀月くんの声。

「返さねーよ。オレが奪ったんだから、もうオレのものだ」

 稀月くんのことをふっと鼻で笑うと、男が私を抱えたまま地面を蹴って跳び上がる。その動作を鋭いまなざしで見届けてから、稀月くんも跳び上がる。

 次の瞬間、ドカッと鈍い音がして、私の体が男の腕から離れて宙に浮いた。

 落ちる……!

 ぎゅっと目をつむると、どさっと鈍い音がする。けれど、私はどこにも痛みを感じない。

 恐々目を開けると私を連れ去ろうとした男が地面に倒れていて、私は稀月くんの腕にしっかりと抱き留められていた。

「瑠璃っ! ケガは?」

「だ、大丈夫……」

 すぐ目の前に稀月くんがいて、ほっとして気が抜ける。

 こ、怖かった……。

 今さら手が震えてきて、両手を握り合わせると、稀月くんが私を強く抱きしめてくれる。

「すみません。ほんの一瞬だと思って、気を抜いたおれのせいだ」

 私を抱きしめる稀月くんの手は、同じように少し震えていた。

 もしかしたら、稀月くんも怖かったのかな。

 稀月くんの首に腕を回してぎゅっと抱き着く。

 そのとき、向こうから烏丸さんが誰かと一緒に猛スピードで飛んでくるのが見えた。

「夜咲くん、大丈夫か? 瑠璃さんも」

「はい、大丈夫です」

 烏丸さんが連れて来たのは、NWIの人達で。地面に倒れている男をつかまえると、事情聴取があるからと車に乗せてどこかへ連れて行った。

 男がつかまると、烏丸さんが私と稀月くんを学校に送ってくれたのと同じミニバンに乗せる。

 私と一緒に車の後部座席に乗った稀月くんは、宝生家に着くまで私の手をきつく握って、ずっと無言のままだった。