だけど、宝生家に来た今の私には、ヴァイオリンのレッスンもないし、塾の授業もない。それから、茉莉の病院にも行くことも……。

 塾は行かなくて済むならそれでいいけれど、茉莉のことはちょっと淋しい。

 茉莉、元気にしてるかな。

 ふとそんなことを考えていると、稀月くんが私の手をとった。

「行きましょう」

「あ、うん。帰ろっか」

 淋しい顔をしていたら、稀月くんに心配かけちゃう。

 顔をあげて、にこっと笑いかけると、稀月くんが私の手を少し強く握りしめてくる。

 そんな些細なことに、ドクンと胸がときめく。困って、視線を左右に揺らすと、稀月くんがふっと笑った。

「たくさん時間もありますし、今日はおれと放課後デートしませんか」

「放課後、デート?」

 聞きなれない言葉にぽかんとなる。そんな私の手を、稀月くんがグイッと引っ張った。

「駅前まで行けば、いろいろ店があるんです」

「でも……、烏丸さんが迎えにくるんじゃ……」

「ちょっとくらい待たせといても平気でしょ」

「ほんとに?」

「てきとうに駅前に迎えに来てもらうようにおれから連絡しておきます。だから、おれたちは、駅前でポテト食ったり、アイス食ったりしましょう」

 稀月くんが、私の手を引いて歩きながらスマホを取り出す。

 ポテト食べたり、アイス食べたり……か。聞いただけでお腹いっぱいになりそう。

 私は今まで学校帰りに寄り道をしたことがない。

 私はもう椎堂家のお嬢様じゃないから、そんな寄り道も許されるのか。

「いいよ。楽しみ」

 ふふっと笑うと、振り向いた稀月くんが私を愛おしそうに見つめてくる。

 そっか。今からするのは、ただの寄り道じゃなくてデートなんだ。

 稀月くんのまなざしが、それを意識させて。私の鼓動がドクドクと速くなった。