月夜の黒猫は、心を攫う


 稀月くんのことを見つめていると、彼が私から顔をそらして前を向いた。

 そのまなざしは、いつもの無表情に戻っている。

 艶やかな漆黒の髪、フロントガラスの向こうを真っ直ぐに見つめる眦の少し上がった琥珀色の瞳。整った顔立ちをした稀月くんの綺麗な横顔は近寄りがたく、警戒心の強い猫みたいだ。

 夜咲(よるさき) 稀月(きづき)という彼の名前も、月の輝く夜の闇にたたずむ美しい黒猫を思わせる。

 稀月くんが私の前に現れたのは、半年前。私が高校生になったときだ。

 そのときから、彼は私と一緒に暮らしている。

 といっても、私と稀月くんは、恋人だとか婚約者だとか、そういう甘い関係じゃない。

 稀月くんは、両親に雇われた私のボディーガード。

 そして、私――、椎堂(しどう) 瑠璃(るり)は、不動産関連の会社をいくつも経営する椎堂(しどう)グループの社長の娘。

 稀月くんは、父と結んだ契約のもとに、今日も《お仕事》で私のそばにいる。