月夜の黒猫は、心を攫う


「お嬢様……、おれのこと……」

 耳を赤くして瞳を揺らす稀月くんの顔が、それまで輪郭の朧気だった幼い男の子の顔と重なる。

 どうして今まで全然気付かなかったのだろう。

「稀月くんは、きっちゃん……?」

 尋ねると、稀月くんが小さく頷いた。

「そうです。でも別に、おれが誰かなんて思い出さなくても良いんですよ」

 稀月くんはそう言うけど、稀月くんが同じ施設にいた「きっちゃん」だと気付くと、今まで思い出さずにいた記憶が少しずつ蘇ってくる。

 きっちゃんは、私と同じ歳で、施設の男の子たちの中ではおとなしいほうだった。

 私と同じで、外で遊ぶよりも室内でブロックで遊んだり、絵を描いたりしているほうが好きで。私ときっちゃんは、施設の中でよく一緒にいた。

 同じ物を共有して遊んだり、おしゃべりをするわけでもないのに、きっちゃんは、だいたい私のそばにいた。

 小さな頃の私は、ときどき夜にうまく寝付くことができなくて。そんなときは、きっちゃんが隣で手をつないで眠ってくれた。

 椎堂家に引き取られてからは、だんだんと施設のことを思い出すことが減っていって。きっちゃんの思い出は薄れてしまっていたけど……。

 半年間ボディーガードとしてそばにいてくれた男の子が、小さな頃も私を守ってくれていた男の子だったなんて。

「私、稀月くんはお父さんとの契約があるから、仕方なくボディーガードをしてくれているんだと思ってた。でも、私だって知ってて守ってくれてたんだね」

「もちろんです。椎堂の家では、戸黒や他の使用人の目もあったので、お嬢様との本当の関係は話せませんでしたが……。小さな頃からずっと、離れているときもお嬢様のことを大切に思っていました」

 稀月くんが、私を見つめてふっと笑う。

 稀月くんの優しくて、甘い、少し熱のこもったまなざしに、ドキドキと胸が鳴る。