月夜の黒猫は、心を攫う


 家の門の外に出ると、今度は黒の送迎車が待っていて、運転手の黒多(くろだ)さんが後部座席のドアを開けてくれる。

 前髪をピシッと横に分けて、黒のスーツを着た生真面目な印象の黒多さん。彼は、椎堂家に仕えて十年になるベテランで、数年前までは母の専属運転手をしていた。

「おはようございます。瑠璃(るり)お嬢様」

「おはようございます」

 高校生の小娘相手にひどく畏っている黒多さんに会釈をすると、私は車に乗った。そのあとすぐに、稀月くんが私の隣に乗り込んでくる。

 少し待っていると、黒多さんが運転席に戻ってきた。

「お嬢様、今日はヴァイオリンのレッスンに変更があるそうです」

 車が動き出すと、稀月くんが戸黒さんから指示を受けたというスケジュールの変更を私に伝えてくる。

「そうなの?」

「はい。今日は、先生の都合でレッスンはおやすみです」

「わかった。じゃあ、今日は病院に寄って帰れるかな?」

「そうですね。お嬢様が希望されるなら、スケジュールを調整します」

「ありがとう」

 お礼を言うと、稀月くんが私のほうを見て、ほんの少し眦をさげた。

 光の当たり具合によって、ときどき金色にも見える稀月くんの琥珀色の瞳。隙がなく、常に周囲を警戒して鋭く尖っているそれが、ごくたまに、私の前でだけゆるむ。

 その瞬間が、私はたまらなく好きだ。

 その一瞬だけは、稀月くんのことを高校生のふつうの男の子みたいに身近に感じられて、胸の奥がきゅっとする。