月夜の黒猫は、心を攫う


「瑠璃さんもこうおっしゃってることですし、そろそろお願いできますか? 夜咲くん」

 戸黒さんが、稀月くんをうながす。稀月くんがナイフの先を私のほうに向けながら一歩近づいてくる。

 私を見つめる稀月くんの琥珀色の瞳は鋭く冷たくて。何を考えているのかはわからない。

 無感情な彼の瞳が、私を殺すことに何の躊躇いもないのだということを物語っているようだ。

 それでも、真っ直ぐに私に向かって歩いてくる稀月くんは凛としていてとても綺麗で。ぎゅっと胸が締め付けられるような痛みを感じながらも、やっぱり、稀月くんのことが好きだと思った。


 ほんとうの両親はわからない。生まれてきたときから、何も持っていなかった。

 そんな私の最期を見送ってくれるのが、初めて恋をした人なら。

 その人に奪われた心臓が、大好きな茉莉のために役に立つのなら。

 私の人生はそういう運命で、案外悪くなかったのかもしれない。

 稀月くんが振り上げた銀のナイフが、いよいよ眼前に迫ってきて、反射的に目を閉じる。


「さよなら……。だいすき……」

 瞼を閉じたまま、ほとんどひとりごとみたいに小さくつぶやく。

 そのとき――。


「……うっ……」

 地下にあるはずの駐車場に、ブワッとものすごい突風が吹き込んできた。

 背後に黒多さんの低い呻き声を聞いたかと思うと、解放された体が軽くなって、前へと引っ張られる。