階段で一階のロビーまで降りたあと、稀月くんが地下駐車場に向かうエレベーターに私を乗せたとき、妙だなと思った。
茉莉のお見舞いに来たときには、黒多さんが地下駐車場に止めた車を病院の正面玄関まで回してきてくれる。それなのに、今日に限ってどうして地下駐車場まで行くんだろう。
「どうして病院の正面玄関から出ないの?」
不思議に思って訊ねると、
「黒多さんからの指示です。今日は駐車場で待ってるって」
と、稀月くんが言う。
「黒多さんが……?」
毎朝、ただの高校生の私に恭しく頭を下げて、学校や塾、茉莉の病院へと送り届けてくれる黒多さん。
運転手としての歴も長い黒多さんが、私たちに車に乗る場所を指定してくるのは初めてだ。
だからかもしれない。少し嫌な予感がした。
エレベーターが下に降りていくにつれて、胸のざわつきが大きくなる。
『この先どんなことが起きても、おれのことだけ信じていてくれませんか』
ふと、さっきの稀月くんの言葉が耳に蘇ったそのとき。
チンッ。
小さな機械音がして、エレベーターの扉が開いた。
病院の地下二階駐車場。
初めて降りたその場所は、薄暗くて人気がない。止めてある車の台数も少なくてまばらだ。
病院の駐車場は地上にもあるから、そっちに車を止めている人が多いのかもしれない。
黒多さんの運転する黒の送迎車は、エレベーターを降りて少し離れたところに止めてある。
静かな駐車場では、稀月くんと私、ふたりの足音が不気味に響いた。
「稀月くん……」
なんだか無性に不安になって、前を歩き去る稀月くんに手を伸ばす。次の瞬間、まばらに止めてあった車の陰から、黒服の男が二人姿を現した。
ひとりは背が高くて人相の悪い鋭い目付きをしていて、もうひとりはやや小柄でサングラスをかけている。私と稀月くんの前に立ちはだかったふたりの男は、纏う雰囲気がどことなく普通じゃない。
生まれて初めて、私は危険な空気を肌で感じていた。
なに……? どういうこと……?
これまで、私は自分の身が危険にさらされることなんてないと思っていた。ボディーガードなんかつけた両親のことを大げさだとも思っていた。
それが今、現実に身の危険を感じている。
「き、づきくん――?」
「おれから離れないでください」
震える声で稀月くんを呼ぶと、彼が私を守るように背中に隠した。