月夜の黒猫は、心を攫う


「お嬢様、人の価値を決めるのはその人自身じゃありません。その人の価値は、周りの人間が決めるんです。おれにとってのお嬢様は、守るべき価値のある人です」

 真顔の稀月くんに言われて、心臓がドクンと跳ねた。

 けれど、すぐに深呼吸して心を落ち着かせる。

 稀月くんが私に価値を見出すのは、父との契約があるからなんだから。

 私のボディーガードをしていれば、稀月くんは学費と生活費を援助してもらえる。だから、こんな私に「価値がある」なんて言ってくれる。

 勘違いして舞い上がっちゃダメ。

「ありがとう」

 心の中で何度も自分を戒めてからお礼を言うと、稀月くんが不意に表情を固くした。

「お嬢様にひとつお伝えしておきたいことがあります」

「なに?」

 改まった口調で訊ねられて、ほんの少し身構える。

 伝えたいことってなんだろう。

 なにか、悪いこと――?

 こういうときに、悪いことばかりがすぐに浮かんでしまうのは、私のよくないクセだ。

 稀月くんに何を言われても動揺しちゃいけない。

 そう決めて、稀月くんの目を見る。

 静かに視線と視線が絡み合ったのち、稀月くんが無言で私の手をとった。

「……!? 稀月くん?」

 驚く私に顔を近づけて、「しーっ」と口元に人差し指をあてると、稀月くんが私の手を引いて茉莉の個室の前から速足で離れる。

「ど、どうしたの? 稀月くん」

 私よりも大きくて骨ばった、体温の低い稀月くんの手。初めて触れた男の子の手の感触に、心臓がバクバク音をたてる。

 私の手を引いて病院の廊下を歩いて行く稀月くんは、ナースステーションの前のエレベーターではなく、人気の少ない階段のほうに進んで行った。

「突然すみません。やっぱり、誰にも聞かれないところで話しておきたいので」

 階段のところで立ち止まった稀月くんが、振り向いて声をひそめる。