月夜の黒猫は、心を攫う




「そろそろ、入口に迎えを呼んでおきますね」

 窓の外に見える空が暗くなり始めた頃、稀月くんがスマホを持って病室を出た。

 私たちが茉莉の病室にいるあいだ、学校からここまで送迎をしてくれた運転手の黒多さんは駐車場に車を停めて、ロビーの横のカフェテリアで待ってくれている。

「お嬢様、そろそろ行きましょう」

 連絡を終えたらしい稀月くんが、病室のドアを少し開けて私に声をかける。それを合図に、私は個室のソファーから立ち上がった。

「また来てね、お姉ちゃん、稀月くん」

「またね、茉莉」 

 名残惜しそうな顔をする茉莉に微笑んで手を振ると、個室を出てドアを閉める。茉莉の個室から一歩外に出た瞬間、私の表情は無になった。

 肺の中にたまった空気を入れ替えるために小さく息を吐く。そんな私を、稀月くんが感情の読めない瞳でじっと見てきた。

「ほっとするのはまだ早いですよ」

 稀月くんに言われて、ふっと苦笑いがこぼれる。

 いつも無表情でなにを考えているのかわからないのに、稀月くんは人の気持ちを汲み取るのがうまい。

 私は妹としての茉莉がかわいいし大切に思っている。

 けれど、その反面、あの子といると自分が本当は何者なのかを突き付けられているようで、ときどき苦しくなってしまう。

 話したことはないけれど、稀月くんはきっと、私の中にあるモヤモヤした気持ちにも気付いているのだと思う。だとしたら、とても恥ずかしい。

「ごめんなさい……。私、ちゃんと茉莉のお姉ちゃんでいないといけないのに……」

 私が小声でそう言うと、「いえ、そういうことではなくて……」と稀月くんが誰もいない病院の廊下に視線を巡らせた。

「お嬢様は、今日一日が無事に終わるまで絶対に気を抜かないようにしてくださいね」

 よくわからないが、今日の稀月くんはいつもに増して用心深い。

「どうしたの、急に。ここは病院だよ?」

「あいつらは場所は選びませんから」

「あいつら……?」

 稀月くんのひとりごとみたいなつぶやきに、私は小さく首をかしげる。

「よくわからないけど、大丈夫だよ。稀月くんが来てくれてからの半年間、私が危険に巻き込まれたことなんて一度もないでしょ。私は椎堂家の偽物のお嬢様。狙う価値なんて、どこにもないんだから」

 茉莉に会ったあとだから、余計にそんなふうに思えてしまう。自嘲気味に笑うと、稀月くんが小さく首を横に振った。