月夜の黒猫は、心を攫う


 エレベーターを降りて病院の外に出ると、私は稀月くんとふたりで烏丸さんの車が迎えに来るのを待った。

 藍色に染まり始めた空には雲がかかっていて、今日はまだ月が見えない。

 それなのに、私は『孤独な魔女の物語』のワンシーンを思い出していた。


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「愛しいあなたのためならば、心臓などすこしも惜しくありません。よろこんで、あなたに捧げましょう」
 満月の夜の森で、魔女は銀の剣を静かに振りあげました。
 月の光で剣はかがやき、魔女が美しく微笑みます。
「これで、いつもあなたのそばにいられます」
 そう言うと、魔女は月の魔力を宿した剣で左胸をひといきに貫いたのでした。

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 ごめんね、茉莉。

 私は童話の魔女のように、茉莉に《心臓》はあげられなかった。

 私は、お姫様よりも、好きな人のそばにいたいという自分の気持ちを優先してしまった自分勝手な魔女かもしれない。

 でも……、離れていても、会えなくても、茉莉のことはずっと大切。それは、ほんとう。

 ぼんやりと空を見上げていると、稀月くんが私の肩に腕を回してそっと引き寄せてくれる。

 稀月くんとくっつくとあったかくて、落ち込んでいた気持ちが少しだけ浮上するような気がした。

「そばにいてくれてありがとう、稀月くん……」

 稀月くんの肩にぽすっと頭を預けると、彼の手が優しく私の髪を撫でてくれる。

「おれは、これからもずっと瑠璃のそばにいますよ」

 耳に届く、愛おしい人のせつなく優しい声。大切な人とのさよならのあと、それは、痛いほどに心に滲みた。
 

Fin.