月夜の黒猫は、心を攫う


「茉莉さんには、あなたが急な留学に行くことになったと伝えているようですよ」

「それで、茉莉は納得したんですか?」

「いいえ。留学の話なんて聞かされていなかったし、急にあなたと連絡がとれなくなったこともおかしい、とずいぶん疑っていたようです。奥様が『茉莉との別れがつらいから、何も言わずに留学に行ったんだ』と説明して、最後には納得してもらったと聞いています」

「でも、私がそのまま帰ってこなかったらウソがバレますよね」

「奥様は、留学に行ったあなたがその地が気に入って住み着いてしまったという設定にするつもりだったようです」

 椎堂の母は、私の心臓を奪ったあと、私の存在そのものをなかったことにするつもりだったらしい。

「お母さんは、今どこに……?」

「奥様には安全な場所で身を隠してもらっています。私があなたの《心臓》を奪うまでは」

 戸黒さんの手元で銀のナイフがぎらりと輝く。彼の言葉に、私の心臓がきゅっと縮んだ。

「やっぱり、初めに私の心臓を茉莉のために奪おうと決めたのはお母さんだったんですね。今夜のことは、お父さんも知ってるんですか?」

 私の質問に、戸黒さんは少し面倒くさそうにため息をこぼした。

「そんなこと、あなたに教える必要はないでしょう」

「でも、私は死ぬ前にほんとうのことを知りたいんです……。お母さんは……、椎堂の両親は、私を施設から引き取ると決めたときから、私を騙して殺すつもりだったんですか?」

 言葉を変えて訊ねると、戸黒さんが冷たい目で私をじっと見つめてきた。