月夜の黒猫は、心を攫う


「戸黒さんが……、私の心臓を奪うんですか?」

 震える声で訊ねると、戸黒さんが天窓から差し込む月明かりにナイフを照らしながら、「そうですね」とうなずいた。

「ほんとうは、あなたの使い魔である夜咲くんに頼みたかったんですが、彼には裏切られましたからね。あのあとすぐにあなたをつかまえに行ってもよかったんですが、どうせなら死ぬ前に楽しい思い出を残してもらうのもいいかなと思いまして。つかの間の逃亡生活は楽しめましたか?」

「え……?」

 まるで、私の居場所など初めからわかっていたような言い方に、おもわず目を見開く。

 私の反応に、戸黒さんは、くつりと笑った。

「私があなたの居場所に気付かないわけないでしょう。まあ、一ヶ月泳がせているあいだに、あなたの《心臓》が使い物にならなくなっていたらという懸念はありましたが……。杞憂でしたね。夜咲くんが、そう簡単にあなたに手を出すはずがない。あなたのことを、ずいぶん大切に思っていたみたいですから」

「なんの話ですか……?」

「ああ、瑠璃さんはまだ知らないんですね。どんな病気でも治す不思議な力があるのは、誰とも身体の関係を結んだことのない、無垢で穢れのない魔女の《心臓》だけなんですよ」

「身体の関係……」

 その言葉をつぶやいて、少し考え……。意味がわかった瞬間、頬が熱くなった。

 この前、蓮花さんが「私の《心臓》にもう特別な力はない」と言っていたのは、そういう意味だ。

 蓮花さんには大上さんという恋人がいて。ふたりはもう、おとなの関係なんだ……。