月夜の黒猫は、心を攫う


「入って、宝生さん」

 立ち止まっていると、担任の先生に中へ入るように促される。

 ドキドキしながら応接室の中に一歩足を踏み入れた私は、校長先生と向き合ってソファーに座っていた人物の姿に、おもわず息を飲んだ。

「よかった。やっと会えた……」

 うっすらと目に涙を浮かべて立ち上がったのは、長い黒髪の綺麗な人。

「瑠璃……」

 涙声で名前を呼ばれて、動揺した私は一歩後ずさる。

 どういう反応をするのが正解なのか、全然わからない。

「……お、母さん……?」

 そこにいたのは茉莉ではなくて。戸黒さんと手を結んで私の《心臓》を狙っていたかもしれない、椎堂家の母だった。


「元気そうでよかった、瑠璃。ずっとあなたに会わせてもらいたくて連絡をとっていたんだけど、蓮花さん、とてもお忙しいのね。なかなか連絡がつかなくて……。だから、思いきってここに来てみたの」

 椎堂家の母が、私に微笑みかけてくる。それはとてつもなく妖艶で、美しい微笑だった。

 私を育ててくれた椎堂家の母は、とても美しいひとだ。形がよく、整った目鼻立ち。誰をも惹きつけてしまう美しい微笑。

 施設から椎堂の家に引き取られたとき、こんなにも綺麗なひとが私の「お母さん」になるなんて、と心臓がドキドキしたのを覚えている。

 でも……。

 今、目の前で微笑むひとのまなざしを、私はとても恐ろしく感じた。母は変わらず綺麗だけど、綺麗だから、恐ろしい。

 このひとは、美しく優しい笑顔で、ずっと私のことをだましていたのだ。

 逃げなければ……。

 だって、今夜は満月だ。