重たい瞼をゆっくり開ければ、溢れそうな涙を溜めた紫水晶の瞳と目が合った。
 大きく見開かられたその綺麗な瞳を覗き込みながら、

「……相変わらず、泣き虫だな。レナは」

 ルヴァルは手を伸ばして、いつもみたいに少し乱暴な動作でエレナの頭を撫でる。
 ルヴァルが目を覚ました事に安堵したエレナの目からボロボロと大粒の涙が落ちる。

「魔物に襲われても泣かないくせに、こんな事で泣くなよ」

「ル……っ、よかっ……」

 ルヴァルの青灰の瞳を見ながらゴシゴシと乱暴に目を擦るエレナは、

「目覚めなかったら、ど……しよっ……思っ」

 良かったと泣き声でそう繰り返す。
 そんなエレナを見ながらルヴァルは思う。
 ああ、もう自分を誤魔化しきれない、と。

「ソフィアを呼んで」

 そう言ってエレナは立ちあがろうとしたはずなのに何故か視界がガラリと変わる。すぐ近くにルヴァルの精悍な顔があり、身体に当たる柔らかな感触からベッドに寝転んでいるのだと知る。

「足、怪我の具合は?」

 至近距離で青灰の瞳が心配そうに尋ねる。

「えっと、私の方は全然大した事なくて……でも、ルルがぁ」

 絶対ルルの方が痛いとまた泣きそうになるエレナをルヴァルは優しい手つきで撫でてやる。
 ルヴァルは強さを求められて生きてきた。
 前線に出るのは当たり前。怪我をするのも日常で、この程度誰も気に留めたりしない。
 そんな自分に対して、なんの駆け引きもなく心配して泣いてくれる唯一のヒト。

「レナ」

 ルヴァルは愛おしそうにその名を呼んで割れ物に触れるかのように抱きしめる。

「あの、えっと……ルル?」

 パチクリと目を瞬かせて驚きながら見返してくるエレナの顔は、暗がりですらわかるほどに、耳も首筋も赤く染まり、紫水晶の瞳に自分を慕う色を見つけてルヴァルは満足気に笑う。
 エレナが自分に向ける全ての感情が愛おしい。誰かに頼まれたからとか神獣との契約なんて関係なく、エレナを失いたくないとルヴァルは強く思う。

「レナが無事でよかった」

 コツっと額を合わせて囁くようにそう言われたエレナは、吐息を感じる程の近さとルヴァルの色香に当てられてバクバクと鳴り続ける心音に思わずぎゅっと目を閉じる。
 その瞬間、エレナの唇に温かく柔らかいものが優しく触れる。
 それが離れた瞬間、目を開けたエレナは、至近距離で優しい色をした青灰の視線と目が合う。

「ル……ぇ、え!?」

 私は今、何をされたのだろうかとキャパオーバーを起こしたエレナの思考は停止寸前だ。

「嫌か?」

 問われている意味も分からずに、今世で最も安心でき、大好きになってしまった低い(おと)に尋ねられたエレナは反射的に首を振る。

「なら良かった」

 そう言ったルヴァルはそっとエレナの顎を長い指先で持ち上げると、そのまま唇を重ねる。
 ゆっくりと食むように何度も角度を変えて重ねられ、ルヴァルにキスをされているのだとようやくエレナの思考が追いつく。
 初めての経験で応え方も分からずにエレナはされるがままで。酸素を求めて口を開けば、更に深く口付けられる。

「……ん……はぁ……ル……ル」

 思考が蕩けてぼうっとなった頃、ルヴァルにようやく解放されてエレナは潤んだ瞳でルヴァルを見つめる。
 エレナの湿った唇と自分しか映っていないその紫水晶の瞳を愛おしそうに見ながら優しくエレナの黒髪を撫でたルヴァルは、

「足、治ったら覚悟しとけよ」

 そう言って再びエレナに口付けた。