建国祭開幕までの間、エレナは社交の場に出るための淑女のためのレッスン(戦闘準備を)受けることになった(開始した)
 本日はダンスレッスン。音楽が鳴り終わり、場が静まる。

「素晴らしいですね」

 相手役を務めていたリオレートが賞賛を述べる。

「さすがです、エレナ様!」

「すげぇ、ひーさん完璧じゃん」

 ダンスの練習に付き合っていたリーファ、ついでに冷やかしに来ていたノクスは口々にそう賛辞を述べる。
 エレナのリズム感がいいのは当然として、素人目に見ても凛と背筋を伸ばし優雅にステップを踏む彼女のダンスが素晴らしいものであると分かる。

「本当? ダンスなんて久しぶりだから、キチンと踊れているか心配で」

 ルルの足を引っ張らなければいいんだけど、とエレナは控えめにそう言って笑う。

「失礼ながら正直驚きました。エレナ様はあまり社交の場には出ないとお伺いしていたので」

「……そうね、あまり出る機会はなかったかな」

 基本的にサザンドラ子爵令嬢として社交の場に出て目立っていたのはマリナで、エレナはデビュタントの時を除き歌姫としての仕事以外は華やかなその場にいた事はない。

「礼儀作法も申し分ないですし、この分ならすぐにでも社交界に出られそうですね」

 リオレートにそう言われエレナは実家での自分に対する理不尽な扱いを思い出し苦笑する。
 カナリアとして要人の前に出されるために覚えさせられた主だった貴族の名前と関係図。
 領地を運営するために覚えさせられた厳しすぎる後継者教育。
 婚約者であるエリオットに恥をかかせないために身につけた教養。
 ウェイン侯爵家に出入りするために覚えた礼儀作法。
 どこまでも"家"の道具でしかなかった自分。
 無感情のまま淡々とこなし続けたそれらがまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

「ひーさん、本当にお嬢だったんだな……って、リーファいきなりナイフ飛ばしてくるんじゃねぇよ」

 ここに来た当初、ボロボロだったエレナを思い出し、素直な感想を述べたノクスに向かって果物ナイフが放たれた。
 今頬掠ったんだけど!? と文句を言うノクスを睨みながら壁に刺さったそれを抜いたリーファは、

「ノクスが失礼なことを言うからでしょう」

 ちゃんと当たらないように計算してるわとナイフをクルクルと指先で弄ぶ。

「ふふ、2人とも本当に仲がいいのね」

 そんなノクスとリーファのやりとりに微笑ましそうに感想を述べたエレナを見て、

「これを"仲良し"で済ませるあたりに、エレナ様の順応力の高さを感じます」

 リオレートはちょっと不在にしていた間にエレナが随分バーレーに染まったなと苦笑した。

「なんだ、もう終わったのか」

 部屋に入ってきたルヴァルは一足遅かったなと少し残念そうに声をかける。
 そのルヴァルの後ろに見覚えのない女性がいた。
 紫暗の長い髪を緩く編んで結び、切れ長の琥珀色の瞳を持つ妖艶な美女がカツンとヒールを鳴らしルヴァルの隣で立ち止まる。

(誰、だろう?)

 エレナは紫水晶の瞳を大きく見開く。
 自信に満ち溢れ不敵に笑う彼女が目を引くほど綺麗で、容姿端麗なルヴァルの隣に並ぶとあまりにお似合いで。
 自分がルヴァルの妻など不相応である事は分かっている。
 だが、こうもしっくりくる美男美女の組み合わせを目にしてしまうと、胸が軋んだ。

「レナ、紹介する。彼女は」

「はぅわぁーー! なんて愛くるしい! 彼女がお館様の小鳥ちゃんですのねぇ!!!! お会いしたかったですわぁー」

 紹介され終わる前にそう叫び、吹き飛ばしかねない勢いでエレナに抱きついたその人は、

「もう! お館様ってばこーんな可愛い子を隠しているだなんて、ずるいですわ」

 なんて磨きがいがありそうな、と目を輝かせる。

「はうわぁぁぁぁぁーー艶やかで癖のない黒髪。一級品のアメシストを彷彿させる美しく輝く紫暗の瞳。踏み荒らされていない初雪のような瑞々しく透き通る白い肌。こんな野蛮人だらけの城に囚われた妖精のようなお姫様。いい! いいわぁーー!! イマジネーションの泉がガツガツ湧きまくりますわぁ〜〜」

 ふふふふふっと妖しく笑みを浮かべ長い指でエレナの頬を撫でながら隈なく全身を眺めてほぅとため息をつく彼女を見て、見た目と中身のギャップにエレナは硬直する。

「おい、やめろ変態。レナがドン引きしてんじゃねぇか」

 だから今まで呼ばなかったんだと舌打ちしたルヴァルは、目で助けてと訴えるエレナをガッツリ捕まえている彼女から引き剥がし、自分の方に引き寄せる。

「あん、今良いところでしたのに。そんなに心配せずとも、私可愛い女の子にアレやコレやの想像をしつつ着せ替えるのが好きなだけで、とって食べたりいたしませんわ」

 お館様じゃあるまいしと不服そうに訴える琥珀色の瞳に、

「メリッサ。ヒトの嫁で妄想すんな。あと余計な事を吹き込むな」

 エレナに聞かせまいと耳を押さえるがそれくらいでエレナの聴力が落ちるわけもなく、

「……ルル、いくらお肉が好きでも人肉はやめた方がいいと思うの」

 と真剣な目で諭される。

「……そう言う意味じゃねぇよ」

 見上げてくる紫水晶の瞳に若干呆れの色を滲ませてルヴァルは言い返す。

「……? じゃあ、どう言う意味?」

 が、きょとんとした大きな目が不思議そうに尋ねてくるので、

「どう……って、レナ(未成年)にはまだ早いっ!!」

「でも、私もう王国法上見做し成年」

 確かに貴族の婚姻は未成年のうちに組まれる事も多いため、その場合は書類上"大人"として扱われるのだが。

「……そういう問題じゃねぇんだよ。とにかく知らなくていい」

 ルヴァルはバツが悪そうに強制打ち切りをした。