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 ピーンと指で弾いたコインはクルクルと綺麗に回転し、空から落ちてくる。
 パシッとそれを掌と甲で受け止めたマリナはそっと手を外してその柄を見る。
 マリナの手の甲にあるその王国通貨は表側の絵柄で、初代国王陛下の顔が刻まれている。

「ふふ、ダウトーー。いらっしゃいませー♡偽物の王様」

 その絵柄を見ながらマリナは楽しげにそう笑う。

「本当に、よくできてる。コレが偽物だなんて分かった日には、この国の王族達は一体どんな顔をするのかしら♪」

 その時を想像し、マリナの形のいい唇が弧を描く。

「私、貴方の望み通り頑張りましたわ」

 マリナは机に広げた地図をそっと撫で、誰かに話しかけるかのようにつぶやく。
 マリナ以外が触れられないよう魔法のかけられたその地図は、隣国ノルディアのもので、そこには事細かに指示が書かれており、マリナはそれを達成する度に線を引き続けていた。

『"偽造通貨"を国内にばら撒き、通貨の信頼性を落とす』

 エリオットが支払う予定で用意した本物の王国通貨とすり替えて、カジノで景気良く偽造通貨をばら撒き続けたマリナはその項目に線を引く。
 ウェイン侯爵家という後ろ盾とエリオットの信頼を利用しまくったマリナはカジノ以外でもエリオットの名義でこれまで様々な場に偽造通貨を流してきた。

「庶民の手に通貨が渡るのは、もう少しかかるかしら?」

 マリナはカレンダーを見ながらヒトからヒトにばら撒いた"不穏の芽"が渡るまでの時間について考える。
 子爵家に引き取られる前、お金に苦労したことのある自分には分かる。
 もし、手にしているその通貨が偽物で、そのお金には価値がなく、自分の生活が脅かされるのだと分かったら、庶民のその不満と怒りは計り知れないものになる、と。

「ふふ♪ 早く混乱と混沌の感情の渦が見てみたいわぁ〜」

 楽しみ、とつぶやいたマリナは次の指示項目をそっと撫でる。

『国民の不安を煽り、国に対しての不信感を爆発させ、各地でデモを起こさせる』

 一つ一つは小さくとも、数が集まり各地で民の声が大きくなれば、国としては無視できまい。

「経済活動を崩壊させて、貴族の買い占めを起こさせるためにも、そろそろウェイン侯爵家解体を視野に入れる頃合いかしら?」

 ふむと進捗状況を例えているコマの並びをみたマリナは、エレナの顔を思い浮かべる。

「ふふ♪ねぇ、大っ嫌いなお姉様? あなたの大好きだった侯爵家の人たち、誰から消して欲しい?」

 エリオットを次期侯爵に据えるためにはやっぱりまずは嫡男からかしら? とマリナはにこやかに笑う。

「うん、そうしましょう。エリオット様のお兄様ってば、何かといえばエレナ贔屓で私の事を可愛がってくれないし」

 ぷくっと不満気な表情を浮かべたマリナは盤上のコマを一つ倒す。

「ふふ、お姉様! この世からまたあなたの味方が一人消えるみたいよ! ねぇ、あなたのせいでヒトが死ぬの。全部を知ったら一体、どんな顔で泣き叫んでくれる?」

 ああ、いい。とマリナの顔に愉悦が浮かぶ。

「本当、私って運がいいっ♪」

 私が願って叶わないことなんて何もないのとマリナは上機嫌でつぶやく。

『退屈そうですね、レディ』

 そう言って声をかけてくれた彼との出会い。それが運命の始まりだった。
 私生児の烙印を押され、燻っていたマリナの憂鬱は彼に見つけてもらえたあの日終わりを告げた。

『国が一つ欲しいんだ』

 そうマリナに強請ったそのヒトは、まるで簡単なお遣いでも頼むかのような口調でそう言った。

『上手くできたら、君の望むモノをあげる。どう? 簡単でしょう』

 にこやかに笑うその表情に、囁かれたその声に、提示されたその未来に、マリナは瞬時に惹かれた。

「もう少し、あと少しで彼に会える」

 月を見上げたマリナは恋焦がれるようにうっとりとつぶやく。

「建国祭。久しぶりにお目にかかるのだから、とびっきり綺麗にしなくっちゃ♡」

 もうすぐ近隣諸国の要人達も招く、大規模な催しがある。
 マリナはノルディアの地図を大事そうに撫でると、

「あなたのマリナを沢山褒めてくださいね、カルマ様」

 幸せそうに隣国の王太子の名を口にした。

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