エレナは一枚のコインをこれは"偽物"だとルヴァルに渡した後、可能な限りコインの音を聞き続けた。
 大量に鳴り響く膨大な数のコインの中からエレナが偽物だと言ったのは、はじめの1枚と合わせて僅か10枚。
 常人には全く違いの分からない音の波の中から、迷わずコレと拾い上げるその光景は異常なモノだった。
 見た目は全く違いが分からないその"王国通貨"を手に取り、盛大にため息をついたノクスは不承不承に魔法による成分分析を引き受けた。
 結果、エレナが"偽物"と判断したそれらは全て本物の王国通貨では使われていない金属が混じっており、かけられていた保護魔法も本物とは異なるもので、かなり精巧に造られたそれらは紛れもなく"偽造通貨"だった。

「……ありえねぇ」

 信じられない物を見るかのようにノクスは何度もそうつぶやく。

「現にお前自身で分析して"偽造通貨"だと判断したんだろ」

 ルヴァルはいつも通りの淡々とした口調でそういうと出てきた結果を眺める。
 エレナの音に対しての正確さを知っていたルヴァルからすれば、彼女が違う音だと判断したそれらが偽造通貨である事に驚きはない。
 それよりも気になるのは。

「ところでこの分析結果、特に通貨生産の魔法式はコレで合ってんのか?」

 トンっと報告書を指してルヴァルはノクスに尋ねる。

「はぁ? 当たり前だろ。俺が読み違えるワケねぇじゃん。現存する魔法レコードのほぼ全部を網羅してるこの俺が」

 何を当たり前の事を言っているんだと呆れた口調でいつも通りノクスが言うのだから、この結果は疑いようがないのだが。

「……うちの通貨錬成情報とはだいぶ異なるな」

 1回目の人生で発見された偽造通貨には、アルヴィン辺境伯領で流通している通貨の錬成情報が使われていた。
 だからこそノクスは"通貨偽造"の疑いで連行されたし、ルヴァルは反逆罪の主犯として冤罪を着せられた。
 だが、今回見つかった"偽造通貨"はそれとは異なる手法の魔法式で錬成されている。
 このズレは一体なんなのだろうか?

「ここは要塞都市バーレーだぞ。うちの通貨情報なんて、それこそ内部の人間が意図的に流出でもさせない限り外に出るワケねぇだろ」

 過去との違いについて考え込んでいたルヴァルに対し、そんな事情など知らないノクスは当然のように何を言っているんだと訝しげな声を上げる。
 ノクスがそう言うのも当然で、この最北の地バーレーは閉鎖的でヒトの出入りに関しての管理は監獄よりも徹底的だ。
 この戦闘集団の中に下手なネズミ(スパイ)が足を踏み入れたなら、二度と日の目を拝むことはできない。
 だが、その"ありえない"は過去に確かに起きている。今回だって奴には情報を持ち出す機会があったはずなのに、何故それが起きていないのか?
 過去自分を刺した時の彼の顔を思い浮かべながら、ルヴァルは考えられる可能性を頭の中で並べる。

「……ノクス。お前以外に大賢者の知識を継いでいる者はいないのか?」

 一例として過去でもこの件(偽造通貨)に彼が関わっていなかった、という可能性を上げてみる。

「或いは、お前以外にもうちの通貨に似通った魔法式の構成を思いつく人間に心当たりはないか?」

「いたら俺が追われるワケねぇだろ」

 ルヴァルの問いかけにノクスはすぐさま首を横に振る。

「この国の魔法レコードの基礎は全て大賢者だったじーさんが作ったものでできている。そして、それ以外の遺産はもう俺の頭の中以外どこにも存在しない。そんな俺と同レベルで魔法式が描ける人間がいたら是非ともお目にかかりたいね」

 皮肉混じりにそう言って肩を竦めたノクスを見て、ルヴァルは可能性を2つ潰した。
 本来なら大賢者の遺産を継いだ唯一の弟子など、国で最高位の魔術師になれただろう。
 だが、現実はそうならなかった。
 若きの日の大賢者が己の欲望のままに探求して書き上げた、国を滅しかねない危険な知識。
 消し去るには惜しいが、それを律するにはまだこの国は未熟過ぎる。そう判断した大賢者が遺した記録は、ただ一人(唯一の弟子)の頭の中にだけ存在するのだという。
 それ故に方々から狙われ続けているノクスが最終的に選んだ道が、隠れ蓑にするために自身の束ねていた錬金術師達ごと要塞都市へ移住することだった。
 ノクスはそれまで積み上げた功績もその地位も蹴り、輝かしい経歴と身分を捨てまで、ルヴァルの元に一介の錬金術師としてここに置いて欲しいと自身の売り込みにやって来た。
 大賢者の遺産を守る。ただそれだけのために。

「まぁでも、うちの被害は少なそうで何よりだ。三年前にお館様が領地通貨に全部置き換えるって言ったときは軽く殺意湧いたけど」

 三年前のルヴァルからの無茶振りを思い出し、ため息をつく。

「……結果やっておいて良かっただろ」

 神獣と契約し2度目の生として目が覚めた時ルヴァルが一番に着手したことが通貨管理だった。
 いつの時点で偽造通貨が領内に混ざり込むのかが分からなかったルヴァルは、アルヴィン辺境伯領での全ての王国通貨の情報を押さえる事にしたのだ。 
 領地で使用できる通貨は全て"領地通貨"に置き換え、持ち込まれた"王国通貨"の流れは持ち込んだ人間も含めて全て領直轄の中央ギルドで情報管理を徹底させた。
 とはいえこんなに早く偽物を見つけ出せるとは思ってはいなかったが。

「王都から随分離れているウチ(要塞都市)ですら"偽造通貨"が見つかった。なら、王都では今どのくらいコレがばら撒かれてんだろうな」

 王都で発見されるより随分早く見つかったコレをどうやって報告するか、ルヴァルは腐れ縁である王城にいる悪友、王太子であるアーサーの顔を思い浮かべて眉間に皺を寄せる。
 この案件を把握したら、アーサーはきっと過去と同じく嬉々として動き出すだろう。
 アーサーにはヒトからの悪意をある種の娯楽の様に楽しむ悪癖がある。まぁ、良くも悪くも人目に晒され過ぎて、楽しまなければやっていられないという気持ちも分からなくはないのだが。
 だが、今回に関しては止めなくてはならない。
 でなければ、1回目の人生同様、真っ先に深手を負うのは王太子であるアーサーだ。
 同じ過ちは繰り返さない。血の海に沈んでいった自分にとって大事な人達を思い出し、ルヴァルは改めてそう誓った。