エレナは現在黙々と手芸に没頭していた。作っているのは、シンプルで可愛い飾り付きのシュシュやアームバンドだ。
 普通の令嬢が嗜むような刺繍は生憎とやった事がないのでできないが、こういった髪飾りや実用的な必要品はサザンドラ子爵家にいた時からよく作っていた。
 とは言え、上質な布など自分のために手に入れることができなかったサザンドラ子爵家で作った品は今作っているものよりずっと貧相なものであったけれど。
 エレナは家を出る時押し付けられたマリナのドレスをキレイに解体していく。
 こちらで着るには生地が薄すぎるし、ドレスはルヴァルから十分過ぎるほど貰ったので、もうこれらは自分には必要ない。
 マリナ好みのドレスには沢山のビジューが散りばめられ、レースがふんだんにあしらわれている華やかなものが多い。
 それらを丁寧に仕分けして、シュシュやアームバンドを可愛く仕上げるためのアクセントとして使用するのだ。
 できたら相手に合わせて一つ一つ違う物を作りたい。
 渡したい相手の顔を思い浮かべたエレナはほんの少し表情を綻ばせ、無自覚に微笑んでいた。
 そんなエレナを微笑ましそうに見ながらリーファは、

「エレナ様、楽しそうですね。みんなの喜ぶ顔が目に浮かびます」

 と声をかける。
 そう言ったリーファの髪は黒いレースのあしらわれた可愛くも大人っぽいリボンシュシュで纏められていた。

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 ルヴァルの前で泣いてしまったあとは泣き疲れてソファーで眠ってしまったはずなのに、目が覚めたときはなぜかベッドにいてエレナはふわふわした頭で首を傾げる。
 そのタイミングでリーファがひょっこり顔を覗かせ、

「お目覚めですね、エレナ様」

 と声をかけてきた。
 こんな寝起きの見苦しい姿を見せるなんて、と慌てたエレナの側にやってきたリーファが、

「よくお眠りになられたようで良かったです。お館様がお運びくださったのですが、起きる事なくぐっすりでした」

 というリーファの一言でエレナは自分がベッドにいた理由を知った。
 ルヴァルの前で泣きじゃくったあげく、寝てしまい、その上ベッドまで運ばせた……と?
 なんて失礼な事をしてしまったんだと内心で慌てるエレナは昨日の出来事を思い出して両手で顔を覆う。

(ルヴァル様に申し訳ないわ。重くなかったかしら?)

 ルヴァルに抱き抱えられたのかと思うと羞恥心から顔が熱を持ち頬が熱くなる。

(とにかく謝罪をっ! 謝罪のお手紙を書かなくちゃ)

 エレナがきゅっと唇を結んでペンを取ろうとした所で、

「もし、お館様にお手紙を書かれるおつもりなら謝罪文より感謝のお手紙の方が喜ばれると思いますよ」

 とリーファは声をかけた。
 ピタッと動きを止めたエレナはゆっくり紫水晶の瞳をリーファに向ける。

「お館様は、迷惑だなんて思っていないと思いますよ」

 にこっと微笑むリーファは、

「でも、お手紙を書かれるにしてもまずはお支度をしてお食事を召し上がってからにしてください。昨日はあのままおやすみになられてしまったので、結局夕食を取られていないでしょう?」

 ごはん大事、と言ってエレナの事を嗜める。

『ごめんなさい。リーファにも迷惑をかけてしまって』

 エレナはベッドの脇に置いてあるスケッチブックを手に取り丁寧に文字を綴る。
 それを読んだリーファはゆっくり首を振る。

「私も迷惑だなんて思っておりません。心配はいたしましたが」

 と優しい口調でそう言って、

「私に謝罪は不要です。それにどうせならとびっきりの笑顔でありがとうの方が嬉しいですね」

 リーファは笑顔を浮かべる。
 まぁ、私は一介の使用人ですし、感謝されるためにお仕えしているわけではありませんがと言ったリーファを見てエレナはパチパチと目を瞬かせた。
 確かにいつも申し訳ないとばかり思っていて、何度も何度も謝罪の言葉は綴ったが、こんなに良くしてくれる彼女たちに感謝の気持ちを伝えていなかったとエレナは反省する。

『心配してくれてありがとう。いつもとても感謝しています』

 とびきりの笑顔をつける事は難しいが、せめて言葉だけでもと文字を綴ったエレナはリーファにそれを見せる。

「はい、どういたしまして」

 それを受けてにこっと笑ったリーファは、ではお支度しましょうと顔を洗うためのお湯の準備を始める。
 そんなリーファを見ながらエレナは心が温かくなるのを感じる。

(リーファはとても聡くて、優しい)

 主人から礼を言われたなら、通常"勿体無いお言葉です"などと控えめに返す事が多い。
 だが、リーファはあえて親しい感じでさらっと"どういたしまして"と返してくれた。
 今感謝を伝えたら言わされた感じに受け取られないかと心配しながら綴った自分の気持ちを汲み取ってくれたのだとエレナは思う。

(壁を勝手に作っていたのは、私の方ね)

 エレナがそう思ったところに、軽くノックがして部屋に侍女が入ってくる。

「エレナ様、今日はどちらのドレスになさいますか?」

 持ってきてくれたドレスは可愛らしい白と青のドレスと明るく華やかな黄色ベースのドレス。
 エレナは少し躊躇って、震える指で白と青のドレスを選んで指さした。
 そんなエレナの行動に持って衣装を持って来た侍女は驚いた顔をして、

「承知しました! 今日もとびっきり可愛くしましょうね」

 こちらのドレスに合わせてこちらの髪留めやネックレスはいかがでしょうかと嬉しそうな顔で勧めてくれた。
 リーファの方をチラッと見やれば、彼女は頷いて微笑み指で丸を作る。それを見たエレナは、

『ありがとう。なるべく控えめな感じにしてくれると嬉しいわ』

 と希望を文字を綴って侍女に見せる。

「承知いたしました。エレナ様はシンプルな物がお好みなんですね」

 エレナの注文を受けた侍女は嬉しそうに笑って華美すぎず、品のいい装飾品を選んでくれた。

「エレナ様のお好みが知れて嬉しいです」

 満面の笑みでそう言って身支度を手伝ってくれる侍女にエレナは笑いかけようとして失敗し、結局いつも通り無表情で頷いてしまった。
 エレナの表情が変わらないのはいつもの事なので彼女は気にする様子もなくテキパキエレナを整えて出て行った。
 そんな彼女達の背中を見送って食事を部屋で取りながらエレナは、

(ルヴァル様に髪紐をお渡ししたみたいに、みんなにも感謝の気持ちを込めて何か贈りたいな)

 と思う。
 迷惑だと思われたらどうしようと一瞬躊躇したが、わざわざ部屋に来てお礼を言ってくれたルヴァルの事を思い出し、やってみようと決意する。

(ダメなら、それはそれ)

 どうせ失うモノなどないのだし、と前向きなんだか後ろ向きなんだか自分でもよく分からない掛け声で自分を励ましたエレナは、リーファに裁縫道具を一式借りてその日の午後から手芸に取り組み始めた。
 そうして完成させた第一号はメッセージカードと共にリーファに渡し、現在彼女の髪を飾っている。