Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜

「助かったお嬢さんは？」

「今、女性の消防士と一緒にいます」

「救急車に乗せてもいいですか？」

「はい。意識もはっきりしていますが、搬送をお願いします」

男性は辺りを見回す。すると、燃え盛るアパートから少し離れたところで女性の消防隊員が話しかけている少女を見つけた。彼は小走りで駆け寄る。

「救急隊の知念（ちねん）です！お嬢さんの搬送をーーー」

駆け寄り、初めて見た少女の姿に知念は固まる。小柄な少女の体は痩せ細り、着ている大きめの服もボロボロで異臭を放っている。少女の髪は伸び放題で艶がなく、彼女の顔には表情が一切見られなかった。

（この女の子はーーー）

知念は嫌でも彼女がこのアパートで暮らしていた時の境遇が想像できた。それと同時に怒りが込み上げてくる。少女の顔から笑みが消える前に、何故周りの大人は動かなかったのだと。

「知念さん！ボサッとしてないでこの子を病院に連れて行ってください！」

消防隊員に言われ、知念は「すみません」と荒ぶる気持ちを抑え、少女に手を差し伸べた。