言葉が出なかった。


脳裏にこびりついて離れない、血にまみれた鬼のような形相がぎょろりと私へ視線を転換する。



──『わざと毒林檎を選んだんだよ!』

──『お前に林檎を確実に食わせるためになぁ!!』



身を滅ぼすことも厭わない猟奇をまとった愛情。


林檎を一口齧らせるために自身の命を捧げてしまえる狂気。


兄からの…歪んだ想い……


若松先輩に肩を叩かれる。



「お前の兄貴が最高にイカれてたってわけだ。だがあいつじゃなきゃ勝てなかった。愛する妹を守った兄貴にそんな顔してやるな」



行くぞ、と手を引かれる。


うしろから日下部くんが優しく背中を押してくれる。



「毒には毒で制する。まさに毒使いとの対戦にはうってつけの必勝法だったわけだ。クールだねぇキミの王子様は」



イースがガラリと教室のドアを開けた。


あれ…?私たち、ドアなんて閉めた覚えは──



「どうやら近くにいるみたいだな。
いたずらっ子なピエロが」



若松先輩がぼそりと言って、イースの背中に続いた。