『え? 舞踏会で僕が言っていたこと……ですか?』

『はい。先生、あの時言っていましたよね? 〝皇族に縁あるうちの高校に妖狐一族の嫡男が入学することは反対された〟って。どうして妖狐一族だと反対されるんですか? 前に夜鳥くんが九条家には〝黒い噂〟があるって言っていたんです。もしかしてそれと関係があるんですか?』


 聞きたいことを一気に言い切れば、木綿先生は困ったように微笑んだ。


『うーん、夜鳥くんにも困ったものですね。黒い噂というのは、貴族たちが面白おかしく流した与太話のようなものです。雪守さんが気にすることではないですよ』

『じゃあ、どうして妖狐一族が――』

『それも君は知らなくていいことです。……虫のいい話ですが、君には何も知らず彼に寄り添ってほしい。そう君達を引き合わせた者として、思ってしまうんですよね』

『……?』


 一線を引かれたようにも感じる言葉なのに、私を見つめる木綿先生の表情はひどく優しい。
 でも、これ以上問い詰めても木綿先生が話してくれることはない。


 そう悟った――。


「はぁ……」


 思い出してまた溜息が出た。本日何回目だろうか?
 溜息の数だけ幸せが逃げるなら、私は不幸まっしぐらだなと軽く笑う。


「勉強しよ」


 今出来ることなんて、結局それぐらいしかない。
 私は参考書を引っ張り出して、問題を解き始める。


「…………」


 そうしている内にいつの間にか没頭していて、悩んでいたことも雨音と共にかき消されていた。


 ◇


「……ん? あ、今何時?」


 ハッと集中が途切れて時計を見る。


「うわっ、もう日付変わる」


 途中、寮母さんの作った夕飯を食べたり、お風呂にも入ったりしたが、それ以外はずっと勉強していた。随分と没頭してしまっていたらしい。


「あ……九条くん。もう寮に帰って来てるかな?」


 ポツリと溢れた言葉は、一人っきりの部屋によく響いた。言葉にしてしまうと、なんだか体までソワソワしてくる。
 こんな時間に迷惑だって思うのに、一度考えしまったら居ても立ってもいられなくて。

 気がつけば私はまだ一度だって訪ねたことのない、九条くんの部屋の前に立っていた。