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 明くる日も、相も変わらず雨が降り注ぐ。

 今日は生徒会が無い日なので、普段なら街へショッピングに出るところなのだが、こうもずっと雨が降っていると、なんだか出掛ける気にはならない。ならば2週間後の学期末テストに備えて、早めに寮に帰って勉強しようかな。なんて考えながら、ふと隣の席を見る。
 するとまだ3限が終わったところなのに、九条くんが机の上を片づけて帰り支度をしていたのだ。


「えっ? 早退するの?」

「うん。用事があってね。……体調は問題ないから、そんな顔しないで」

「……」


 動揺した私を慰めるように、九条くんが笑う。しかし一度宿った不安は消えてくれない。

 文化祭の頃から九条くんに使う妖力の頻度が増えた。理由は思い当たると九条くんは言っていたが、じゃあなんで何も言ってくれないの?

 ここ最近毎日続く、〝用事〟って何?

 聞きたいことも知りたいこともたくさんあるのに、拒絶されるのが怖くて。何より、九条くんを困らせるようなことはしたくなくて。
 溢れ出そうになる言葉を、私は必死で飲み込んだ。


「ごめんね。じゃあね、まふゆ」

「……うん。じゃあね、九条くん」


 そうして今日も私は何も出来ず、ただ彼の背中を見送る。


「はーい、国語の時間ですよー。教科書開いてー」


 それからすぐに木綿先生が教室に入ってきて、4限目が始まった。
 私の隣の席が、ポッカリと空いたまま。


 ◇


「――ねぇあれ、もしかして九条家の車じゃない?」

「ホントだ。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の家紋だ」


 授業中。ヒソヒソと囁かれる声に反応し、つられて私も窓を見る。
 すると確かに校舎の前に曼珠沙華の家紋を掲げた黒塗りの車が一台停まっていて、そこに現れた人影に思わず「あ」と小さく声が漏れた。

 しとしとと降り続ける雨の中、先ほど早退した九条くんが傘も差さずに車に向かって歩いているのが見えたのである。そして九条くんはそのまま車の後部座席へと乗り込み、程なくして車が動き出す。


「…………」


 その様子を息を詰めたまま見つめて、また浮かび上がる疑問に頭の中がぐるぐると渦巻く。

 九条くんは一体どこに行ったんだろう?

 九条家の車ということは、家に帰ったということだろうか? それもこの場合、家と言っても寮のことではなく、帝都の真ん中にあるという九条家のお屋敷の方を指す。

 九条くんは〝家庭の事情〟で寮生活をしていると言っていた。なのにその家に帰るというのは、一体何を意味するのだろう……?

 すっかり黒塗りの車が見えなくなっても、私はそこから視線を外すことが出来なかった――。