「まぁっ! まぁまぁまぁー! よっく来てくれたわねぇ、副会長さぁん! うふふ、腕が鳴るわぁぁ!!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
野太い声で両手をワキワキさせながら、目を輝かせる大柄な女性。
彼女が見せてくれた衣装部屋には、ゆうに100着はありそうなドレスが吊り下げられていて、思わず顔が引きつるのを感じた。
「じゃあ、まふゆちゃん。部長さんに思いっきりドレスアップしてもらってね!」
「あ、朱音ちゃぁん!!」
行かないでという声にならない叫びは、野太い声によって遮られる。
「うふふ。怖がらなくても大丈夫よん。このアタシが貴女を、この世の全ての男を狂わす最高の女に仕上げてあげるわ」
演劇部の部長だと、先ほど朱音ちゃんから紹介された女性はそう言って蠱惑的な笑みを浮かべた。
◇
私の身に何が起きたかというと、始まりは生徒会ステージでの九条くん挨拶事件から数時間後のことだった。
「まふゆちゃん、お疲れさまー! もうお仕事終わりそう? 後夜祭の舞踏会が始まるから、行こうよ」
日もすっかり落ちて、長いようで短かった文化祭が終わろうとしていた頃。
校内の見回りをしていた私に、そう朱音ちゃんが声を掛けてきたのである。
「後夜祭の舞踏会??」
「あ、その反応。もしかして忘れてた?」
朱音ちゃんがジト目でこちらを見上げる。そんな顔も可愛らしいが、嫌われでもしたら私の精神が死ぬ。慌てて私は言い募った。
「いやっ! 断じて忘れてた訳じゃないよ!! なんか今日はやたら濃い出来事が多くて、記憶の隅に追いやられていたというか……っ!!」
主にメイド事件とか、九条挨拶事件とか、思い出せばキリがない。苦々しい顔で一日の出来事を振り返っていると、何故か朱音ちゃんがしょんぼりとする。
「ごめんね、まふゆちゃん」
「朱音ちゃん?」
謝られる覚えはないので、首を傾げる。すると、「一人でまふゆちゃんがメイドさんをやっていたことだよ!!」と叫ばれた。
「わたしちょうどその時は脱出ゲームの店番してて、そんな騒ぎがあったなんて全然気がつかなかったんだよ。もし気づいていたら、まふゆちゃんを手伝いに行けたのに……」
「え」
朱音ちゃんが手伝いに……?
それはつまり、朱音ちゃんがあのメイド服という名の別の何かを着るということ……?