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――九条神琴。
貴族妖怪の頂点である、妖狐一族九条家の次期当主。知識はあったけど、文字通り庶民には雲の上の人で。
そんな人と隣の席になって挨拶を交わす。文字にすれば、たったそれだけ。
なのに彼の金の瞳が私に向けられただけで、恐ろしいまでの妖力に圧倒され、勝手に震え出す体を止められなかった。
妖怪に会ったことは何度もある。お母さんはもちろん、故郷にもこの高校にも妖怪は大勢いる。
だけど九条くんは彼らとは格が違ったのだ。
彼の強過ぎる妖力は、何もしていなくても身体中から溢れ出す程で。それはさながら彼自身が強大な炎といっても過言ではなかった。
隣に座っているだけで感じる、私のちっぽけな氷の妖力がジリジリと溶かされていくような恐ろしい感覚。絶対にこれ以上近づきたくないと思ったことは、今でも鮮明に覚えている。
「はぁ……」
そこまで考えて、自然と溜め息が出た。
なにせ今からその絶対に近づきたくなかった、炎そのものの男と対峙するのだ。憂鬱なのは仕方がない。
私は辿り着いてしまった保健室の扉の前で、ひたすらウロウロしていた。
