「あ」と思った時には、男の手は目前に迫っていて。
――けれど、その手が私に触れることはなかった。
「うわぁぁああっ!!!」
何故なら私に触れる前に、男が教室全体に響き渡るような絶叫を上げたから。
そしてそうさせたのは――。
「申し訳ありませんが、当喫茶店のメイドは接触厳禁ですので、節度ある行動をお願い致します。……ご主人様?」
言いながらも、私の左腕をしっかりと掴んで前方に立つ九条くんの左手からは、炎が噴き出していた。
対して顔面にモロに炎を浴びせられ、先ほど叫び声を上げた大柄な男は、衝撃に身を縮こませ、顔を青ざめさせている。
すると先ほどまで男にまとっていた筈の黒い妖力も、いつの間にか消えているようだった。
「う、ううう……」
九条くんの圧倒的な妖力を前にして、すっかり戦意喪失した様子の大柄な男に、私に絡んできたグループの他の客達が駆け寄る。
そしてこちら振り返り、指差して怒鳴ってきた。
「オ、オレ達は客だぞ!! ここの生徒は客に対して妖力を使うのか!? このことは訴えて……!」
「――訴えて……、なんです?」
突然のピリッとした声に、教室内が張り詰める。
そして人だかりの中から、一人の人物が歩み出た。
「な、なんだお前は!?」
「このクラスの担任教師の木綿です。生徒達から事情は聞きました。一人の女子生徒に接客の範疇を逸脱する程、しつこく貴方がたが絡んでいたとね。……出るところに出たら不利なのは、貴方がたの方では?」
「くっ……!」
普段のボケボケな言動からは考えられない、もめん先生の威圧感のある言葉に、すっかり顔色を無くした客達がたじろぐ。
「え、えっと……?」
展開の早さに着いていけず、私は縋るように左腕を掴む九条くんを見上げる。するとバサリと私の肩に何かが掛けられた。見れば執事服のジャケットであることに気づく。
「……?」
「とりあえず着てて。君のその姿は……、男にとって目の毒だ」
「???」
毒ってなんだ? 毒々しいってこと?
まあでも、上着はありがたい。このジャケットなら腰まですっぽり覆い隠せるし、やっぱりこのメイド服は恥ずかしかったのだ。