何も言えないのは、私が信用されていないから? なし崩しに始まった契約関係だけど、それでも少しずつ九条くんを知って、心の距離が縮まった気になっていた。


「そうなんだ……」


 だからか拒絶されたような九条くんの言葉が思ったよりもショックで、そのまま動けなくなってしまう。
 すっかり黙り込んでしまった私を九条くんはしばし見つめた後、脱いでいたブレザーを羽織って立ち上がる。


「ありがとう。本当に助かった。それじゃあ俺は一足先にステージで準備しているから」

「……分かった。私も早めに向かう」


 頷いた私を見て、九条くんがふと思い出したように口を開く。


「そういえば君、一人であちこちの模擬店のトラブルを解決して回っていたんだってね? 君が有能なのは分かっているけど、どうか無理はしないで。本当に困ったら絶対俺を頼ってよ」


 そう言い残し、九条くんは私の頭をポンポンと撫でて、静かに保健室を出て行った。
 なんだカッコつけて。


「自分だって頼ってくれない癖に……」


 呟いた言葉は誰にも届かず、ぽつんと消えていった。


 ◇


 ガラガラと扉を開け、保健室から出る。
 そういえばここの保険医、いつも不在だよなぁ。今日もいなかった。


「はあ……」


 なんで私、こんな落ち込んでんだろ?
 別にいいじゃん、私だってただの契約関係の相手にベラベラなんでも話したりしないし。
 そう思うのに、自分でも理解不能な気持ちに戸惑う。


「~~~~っ!」


 あーもう、ダメダメ! 午後からはステージだってあるんだし、気持ち切り替えないと!! 両頬をベシベシと叩いて気合いを入れ直す。
 これからさっさとステージに行って、進行チェックして、それからそれから――。


「雪守さーん!!」

「っ!?」


 突然大声で名前を呼ばれ、考えていたことが全部吹き飛んでしまった。と、同時に何やら嫌な予感が胸を駆け巡る。


「あ~! よかった、こんなところにいた!!」

「雪守さん、大変だよぉ~!!」

「え……?」


 ドタバタと走って来たのは、執事服を着たうちのクラスの男子達。そんな大人数で抜け出して、喫茶店は大丈夫なのだろうか?
 しかし私がそれを問いかける前に、男子達が息を切らしたまま大声で叫んだ。


「女子達が急にボイコットして、どっか行っちゃったんだよ!!」

「お客さんも多いのに、男子だけじゃ回しきれねぇよ!!」

「え……、ええっ!!?」


 ひとつ片付いたら、またひとつ。
 どうやらトラブルはまだまだ尽きないようである。