「だがな、もちろんこの話には裏がある。いつまでも素直になれない葛の葉の為に、風花が(はか)ったのだ」

「え……」

「アイツら二人は生まれながらに決められた婚約者。だがそれを越えて、葛の葉は紫蘭を慕っていた。しかし紫蘭もなかなか鈍い男でな。そういうキッカケでも無ければ、互いの想いを知ることも無かっただろう」

「そう、なんですね……」


 確かに葛の葉さんの性格を見るに、素直とは縁遠そうな感じだし、お節介もあながち必要だったのかも……。


「その時受けた風花の傷は、この前の比ではなかったがな。それこそ見事に腕をへし折られていた……」

「うわぁ……」


 葛の葉さん、やっぱりトンデモ当主だった。
 それにお母さん、ただ引っ掻き回すんじゃなくて、ちゃんと体張ってたんだ……。

 その後に起きた葛の葉さんとお母さん達の確執を思うと、なんだか切なくなる。


「……私はな、まふゆ。そうやってボロボロになりながらも、葛の葉と紫蘭が上手くいったことを心底喜ぶ風花を見て思ったのだ。〝この者は人の為に笑えるのか〟と」

「え?」


 人の為というなら、皇族である陛下の方がよほど常に心掛けているのでは?
 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。陛下が困ったように笑う。


「実は私は皇族であり皇帝という立場だが、人の為に我が身を犠牲にする、そんな有り様を長年持てずにいた。だからそれを当たり前のように出来る風花がとても尊く、また愛おしいと感じたのだ」

「…………」

「だがそんな最愛の存在に対し(きさき)になるまで、そしてなってからも、大変な苦労をさせてしまった。だからこそ、大事にしたい。まふゆ、そなたもな」

「陛下……」

「風花の心、しっかりそなたにも受け継がれていて、私は誇りに思うよ」

「っ」


 くしゃくしゃと撫でられる頭。
 そのしっくりとくるような感覚に、〝ああやっぱりこの人は私のお父さんなんだな〟と実感する。


「まぁそんな訳で、そなたが心配したようなことは何も無い。なんならかつての婚約者とも会わせてもよいぞ。というか皇宮に住み始めれば、嫌でも会う機会はあるだろう。アイツらは夫婦で皇宮勤めの役人だからな」

「そ、ですか……」


 陛下はお母さん一筋。
 その言葉に偽りは無かった。
 
 それにホッとするような、ソワソワするような。不思議な感覚になっていると……、


 ――コンコン


 またドアをノックする音がして、「はい」と声を掛ければ、今度こそ九条くんが顔を覗かせた。