「ふふ。今日は寮の台所を借りて、お昼ご飯用にいなり寿司作ってみたんだよね。三日月さんの味には全然及ばないけど、九条くん喜んでくれるといいなぁ」


 机に置いたお重に目を向け、ワクワクと来訪を待ち侘びていると、ついつい作業をする手がお留守になってしまう。
 それにいけないいけないと内心舌を出して、仕分け作業を再開した時だった……。


 ――コンコン


「!!」


 聞こえたノック音にすぐさま私は反応し、一目散にドアへと駆け出した。


「いらっしゃい、九条くん! 予定より随分と早かった、ね……」


 意気揚々とドアを開け、しかし私はピシリと体が固まった。

 何故なら目の前に居た人物は九条くんではなく、どこかで見た警備員の格好をした……。


「こ、皇帝陛下!!? なんでここに!?」


 指を差して思いっきり叫ぶと、陛下は焦ったように、人差し指を口元に当てて、「しーっ」と言った。


「こらこら、あまり大声を出してはならぬ。他の寮生達に気づかれる」

「へ、あ……、す、すみません……?」


 よく分からないまま謝れば、そのまま陛下は私の部屋の中へと入って来る。
 そしてパタンとドアを閉めると、私を見てにっこりと微笑んだ。


「数日振りだな、まふゆ。会いたかったぞ」

「は、はぁ……。陛下もお変わりなさそうで、よかったです。でもどうしてこんなところに? まさかお一人で来られたんですか?」


 全く今の状況が理解出来なくて疑問符を浮かべる私に対し、陛下が「ふふふ」と嬉しそうに笑う。
 

「まふゆが皇宮に来るまでももう残り僅かであろう? ならば今の内に可愛い娘がどのように暮らしていたのか、知りたいと思ったのだよ」

「可愛い娘……」


 思わずオウム返しをしてしまう。

 私が皇帝陛下の娘だと知って早一月あまり。
 一番変貌したと思うのは、この陛下の態度だろう。

 陛下はキョロキョロと部屋を見回し、何か考え込むような仕草をする。


「ふむ。その勉強机、もしかして皇宮に持っていくつもりなのか?」

「あ、はい。そのつもりですが……」

「しかし、だいぶ古ぼけているな。よし、この際だ。(けやき)の最高品質のものを新たに用意させよう!」

「えっ!? いやいや、まだまだ使えますし、そんな凄いの頂いても、私じゃ持て余しちゃいますよ!」

「そうか? ではその隣の古ぼけた本棚を……」

「間に合ってますっ!!」


 なんというか、甘い。甘過ぎるのだ。

 キリッとしていたはずの目尻を思いっきり下げて、とにかく私になんでも買い与えようとする。

 こういうのがお父さんなんだろうか?
 なんか違う気がする……。