「そなたは何を言っておる? 追い出したんじゃない。単に(いとま)を出しただけじゃ」

「当時娘のお産に立ち会う為に、(わたくし)は姫様に休暇を申し出ていたのです。後から神琴様に死んだと思われていると知った時は、それはもう愕然としましたけど」

「それは神琴の早合点じゃ。妾は三日月が死んだなどと、一言も言っていない」

「その言葉の足りなさが、拗れた原因でしょうに……」


 三日月さんが困ったように眉を下げながらも、湯呑に緑茶を注いで手渡してくれる。
 あー有難い。お抹茶もいいけど、お寿司にはやっぱり緑茶よねぇ。

 しかしそんな様子を見咎めた葛の葉が、三日月さんに苦言を呈する。


「なんじゃ三日月。この者に余計な気など回さぬともよいぞ。むしろさっさと帰ってほしいくらいじゃ」

「ひどーい! いいじゃない、たまには一日中思い出話に耽ったって。あ、美味しい」

「はぁ……」


 ぱくりと一口でいなり寿司を頬張ると、葛の葉が呆れたようにまたも深い溜息をついた――。


 ◇


『まふゆが九条くんを連れて来た時、ホントはめちゃくちゃ驚いたけど、同時に安心もした。ねぇ、まふゆ。九条くんとの〝縁〟大切にしてね』


 あの時の言葉は紛れもなくわたしの本心。
 でもその結果、まさかこんな縁を運んでくるとは思わなかった。

 ハッピーエンド? 大団円(だいだんえん)? 
 そんなもの、あの子達にはまだまだ先があるんだから分からない。

 でもね。きっと二人が起こした奇跡が、この先のあの子達の行く末を素敵なものにしてくれるって信じてる。

 もちろん、わたし達のこともね。

 わたしは葛の葉の胸元で揺れる不器用なホタル石のネックレスを見て、そっと微笑んだ。


 最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力・了