「けど、そういう葛の葉の方は? 当主を降りるって聞いたけど、これから何するか当てはあるの? 世間じゃ初老とか言うけどさ、実際40なんて、まだまだ隠居するような年齢じゃないでしょ」
「…………ううむ」
尋ねると葛の葉は困ったように首を捻る。
やはり何も考えてなかった。
というか、〝何をしたらいいのか分からない〟と言った方が正しいか。
――葛の葉は体育祭での騒動の責任を取る為、九条家当主の座を降りことになった。
次代はもちろん九条くん。まだ17歳と若いが、きっと彼なら葛の葉が望んだ〝新しい九条家〟を創り上げてくれるだろう。
この処遇は、皇帝の命を狙っておきながら甘いと言う声も上がったようだが、わたしとまふゆのお披露目の儀の件でうやむやになった。
それでいいと思う。
いい加減、葛の葉は自由になっていい。
わたしも國光も、そう願っている。
……とはいえ、いきなり自由と言われても、当人が困るのも事実。
「ねぇ、もしよかったらティダに来ない? 噂に違わぬ良いところよー。うちのかき氷屋さん、なかなかに繁盛店だから、閉店するのは惜しかったのよねぇー」
「まさか妾に店舗経営をしろと?」
「んー……、まぁ可能性の一つとして?」
「……」
ギロリとこちらを睨む眼力の強さに内心冷や汗を浮かべながら言うと、しばらく推し黙った後、葛の葉は呟いた。
「……それも良いのかもしれんな。紫蘭が巡ったティダの地。妾も実際に歩いてみたい」
「お」
ダメ元だったので、思わぬ色よい返事にわたしは目を見開くが、理由を聞いて納得する。
九条くんは助かった。
けれど、それでも葛の葉が負った深い心の傷は、簡単に癒えるものではない。
ティダの穏やかな気候と美しい自然に囲まれて、いつか彼女が心から笑える日が来ればいいと思う。
