「なんじゃ、ニヤニヤ薄ら笑いしおって」

「んー? なーんか、うちの店で働いてくれていたアルバイトちゃんを思い出してねー」

「はあ?」


 葛の葉はわたしの言葉に首を傾げ、少しして「ああ」と呟いた。


「そういえば風花(かざはな)、そなたティダで店舗を営んでおったのだったな。立場上労働など何も知らなかったろうに、國光の助けもあったであろうが、よくやっていけていたものじゃな」

「あら、國光の助けなんてほとんど受けてないわよ。あまり接触すると、わたしの居場所が葛の葉に知られる心配があったからね。まふゆよ。あの子が何もかも助けてくれたのよ」


 それこそ家事も労働も。

 親としては情けない話だが、人としての営みをわたしは全てまふゆから教わったに等しい。
 誰に似たのか、あの子は小さい頃から頭が回るし、周囲のこともよく見ていた。


「……そうか、あの娘が」


 呟いて目を細める葛の葉に、わたしはイタズラっぽく笑う。


「嫁入りしても、いじめないでよ?」

「するか。神琴を救ってくれた大恩人に対し礼を欠くような真似、妾の矜持(きょうじ)に関わる。そうなった暁には、一族を上げて丁重にもてなさせてもらうさ」

「そういうとこ、やっぱ義理堅いわよねー。葛の葉は」


 まぁこの様子なら気が早いけど、嫁姑問題は安心ね。
 密かに心配していたことが解消し、安心してお菓子を頬張ると、葛の葉がわたしを見た。


「ところで、そなたも皇宮に移るのであろう? お披露目の儀の準備は進んでいるのか?」

「んー……、まぁボチボチ? とはいえティダでの暮らしもすっかり慣れたし、完全に手放すのは惜しいのよねぇー」

「雪女の一族のことも妹君に丸投げなのだろう? 顔を出さなくてよいのか?」

「手紙も届かない僻地(へきち)だしね。しかもめちゃくちゃ排他的だから、人間になったわたしを見たら、それこそ門前払いよ。あの子が元気に当主をやってるのか、それだけは知りたいんだけどねぇー」


 もう22年会ってない妹の顔が浮かび、ずしんとわたしの気は重くなる。
 葛の葉とのことはひと段落したが、まだまだ考えることは山積みだった。

 そういえば今度まふゆが修学旅行でカムイに行くんだっけ。
 その時に偵察でも頼もうかしら……?